前後裁断
先日山歩きの番組を見ていたら、こんな言葉が出てきた。
過去も未来も考えない。
今現在に集中して事に当たる、という意味だそうだ。
これは密教由来のようだが、禅宗でも曹洞宗の道元禅師は同じ意味のことを説いている。
只管打坐(しかんたざ)―ただひたすらに坐る。
坐ることのみに意識を集中する、ということだ。
うららかな陽射しのバス停のベンチで
ただ耳を澄ます。
車やバイクの音の向こうに鳥の声やマンホールの下の水音が聴こえて来る。
明日もそう悪くないかも、
そんな気持ちが湧いてくる。