EXPERIENCES

官足法は自分で自分の足をもみ、血液をきれいにし、きれいな血液を全身に循環させる血液循環療法です。
からだを元の健康な状態にリセットする過程で、一つの不調だけでなく、幾つもの不調が改善されてゆく例は枚挙に暇がありません。
病気別の体験談でもお一人お一人にいくつもの改善が見られます。

アトピー性皮膚炎・うつ・肩凝り・肝臓・心臓・腎臓・肺・目・耳・鼻・無呼吸症候群・高血圧・高コレステロール血症・糖尿病・痛風・捻挫・骨折

腎臓の検査数値が基準値に! 子宮筋腫が小さく、耳鳴り、花粉症が無くなり、運転免許も眼鏡なしに!

K.A.(60代 埼玉県)

 毎月一回官足法指導員の大谷恵子先生のホームセミナーに通っています。毎回参加者は近況を報告し合いますが、私の成果をお話するといつも感心されます。といっても特にがんばっているというわけでもありません。官足法グッズは一通り揃えていて、家ではウォークマットを時々踏み、普段はジムのメニューの合間に、持って行ったグリグリ棒や赤棒を使って足をもんでいるくらいです。

元々母方の家系に腎臓が弱い人が多く、母も77歳で慢性腎臓病となり、人工透析の末亡くなりましたので、歳をとっていけば自分もいずれ腎臓病になるのではないか、という不安が常にありました。実際年に二回受けている健康診断で、腎臓の濾過機能を計る検査数値の一つ、クレアチニン値は基準値を少し上回る結果がずっと続いていました。

だから、8年前友人に誘われて行った大谷先生のセミナーで腎臓の大切さを知り、腎臓の反射区をしっかりもむことで全身の健康に影響を与えることができると聞いた時には感銘を受けました。腎臓は病気になってしまったらもう終わりだと知っていましたから。

毎年3月に人間ドック、9月に健康診断を受けていますが、官足法を始めて三か月後の9月に受けた健康診断で変化がありました。初めてクレアチニン値が基準値になったのです。その後今まで8年の間ずっと基準値をキープしています。他には何も目新しいことをやっていなかったので、これは官足法を始めたからだと思います。

そういえば、平成19年に脳ドックを受け、首の血管に細くなっているところがあると言われ、それ以来ずっと血液サラサラの薬が出ていました。「いつまで飲めば?」と疑問に思い3、4年前に聞いてみると「もう一度MRIをやりますか」と。その結果「血管が普通になっていますね。もう飲む必要はないですね。」と言われました。

官足法を始めてからの変化は他にも。一時5cmを越えて手術を勧められた子宮筋腫は閉経後、経過観察になっていましたが、足もみを始めてから2cmになり、良性だし経過観察も不要と通院しなくてよくなりました。先生に言われて踵をウォークマットに打ち付けていた効果でしょうか。

また、40代でメニエール病で入院し、その後も耳鳴りがありましたがそれも無くなり、50代で花粉症を発症し毎年通院していましたが足もみを始めたら良くなり、免許更新の時の「眼鏡等使用」欄のチェックが外されて裸眼で運転できるようになりました。特に目を意識して足をもんだ覚えはないのですが、レッスンのときに満遍なくやっていたので良くなったのかなぁ、と思います。

病院の都合で今年は1月になった人間ドックでは「100%健康体です。」といわれました。これからもジム通いと毎月一回の大谷先生のホームセミナーを欠かさずに、元気でいたいと思っています。

月一回のホームセミナーでウォークマットなどを実習 毎日踏むことを心がけ、膝、腰の痛みが無くなった!

J.S. 55歳 埼玉県

四年前の私は腰痛としゃがんだ時に襲われる膝の痛みを感じることがあり鍼治療に通ったりしていました。そんなある日、知り合いのカフェで官足法ワークショップに参加。すぐに「これいい!」と思い、指導されていた官足法指導員の大谷恵子先生に「人数を集めたら家に来てもらえますか?」とお願いしました。

自分のこともさりながら私には気になっている友人がいて、その人にやってもらいたいと思ったのです。我が家での第一回目のセミナー、「血糖値が高くて来月の検査で値が高かったらインシュリンを打たなきゃいけなくなる。」そう言っていた彼女は検査を無事通過。今も毎月元気に参加してくれています。

ほぼ毎月一回の我が家でのセミナーはコロナ禍の中でも続き、ZOOMの時もありましたが、今はまた私の家でやって頂いています。自宅のコミュニティで広まり参加者も10名を超えました。コロナ対策のため午前午後の二部制にしています。一回二時間からそれ以上になることもありますが、みんなでお話しながらじっくり時間をかけて一通り足全体をもんでいくとあっという間に過ぎてしまう楽しい時間です。

腰が悪い母も毎回参加。若い時から骨の一部が潰れていて具合が悪くなると寝込むのですが、今は以前と違い寝ながらでも「これいいわ」で自分の足をもんでいます。自分で出来ることがあることで気持ちも前向きになってくれていることが何より嬉しい変化です。

私自身は、普段は洗面所と台所に置いてあるウォークマットⅡを、ドライヤーで髪を乾かす時やごはんを作る時に踏んでいます。最初は痛くてバスタオルを敷いていたのですが、毎日踏んでいるので今は裸足で乗ってもそんなに痛くありません。膝の痛みはすっかりなくなり、鍼治療にももう三年ほど行っていません。

恵子先生には本当に感謝しています。自分と家族、友人たちのため、これからもずっとこのホームセミナーを続けていきたいと思っています。

腰椎すべり症が改善!記憶力が良くなった!

上嶋美恵子(奈良県 68歳)

 特に悪いところもなく過ごして来ましたが4、5年前からお尻や太股の裏が痺れるようになりました。腰椎すべり症です。5~10分歩いたら休憩しないと歩くことができません。病院の薬でもよくならず、ジムも整体も効果がありませんでした。このまま歩けなくなるのではないか、子どもに迷惑はかけたくない、と思っていました。

 今年5月、カルチャースクールで官足法指導員の川村建代先生の教室を知り、一か月に一度参加するようになりました。ウォークマットⅡと赤棒、グリグリ棒を購入、家でも毎日一時間はやっています。最初はすごく痛かったのですが今はそれほどではなくなりました。駐車場から5階にエスカレーターで上がるのが辛かったけれどそれもありません。二か月ほど前、娘に「あれっ?お母さん歩き方がようなったね。どうなるかと思ってたよ。」と言われました。続けて歩ける時間もだいぶ延びていて、これからが楽しみです。

 記憶力も良くなっているようです。出来る限り仕事を続けたいので、ずっとやっていこうと思っています。

メニエール病、静脈瘤の痛みを克服、風邪知らずに!

Y.M.(43歳 兵庫県)

◆メニエール病

私には官足法で克服できた症状がいくつかあるのですが、その中でも特に喜んでいる物が2つあります。

先ず一つ目はメニエール病です。5、6年前から疲れが溜まるとメニエールになり、耳鳴りやめまい、頭痛などに苦しんでいました。メニエールになる前兆は換気扇やドライヤーの音が耳の奥に響いて痛いのですぐにわかります。ひどくなると耳鼻科で何とも言えない不味い液体の薬をもらい、量も多いその薬を飲み干すのが常でした。

その日も前日から耳に違和感がありそうな予感がしたので病院に行こうと思っていた矢先、友人から誘ってもらい、官足法の教室に初めて参加しました。官足法指導員の高原里美先生に足を見ていただくと先生もびっくりされるほど私の足の耳の反射区が膨れて硬くなっていました。家に帰ってからも教えてもらったように一生懸命揉み続けていると4時間も経った夜、耳の奥の痛みが無くなって耳鳴りも消えていました。冷たかった足もポカポカして「官足法ってすごい!」と感激したのを覚えています。

それからすぐにウォークマットⅡ、赤棒、「これいいわ」などを購入して教室に毎回参加しました。今ではメニエールになりそうになるといつもより念入りにウォークマットを踏んで耳の反射区を強めにもむと症状はすぐになくなります。

◆下肢静脈瘤とウォークマット

二つ目は下肢静脈瘤です。若い時からふくらはぎの血管が膨れがちで着圧ソックスを履いていましたが、二人目を出産してからひどくなり一度手術しました。手術後それまでのような夜も痛くて眠れないほどの痛みはなくなったものの、生理中は脚がだるく浮腫みます。脚の付け根の違和感や痛み、新たな静脈瘤も年齢を増すごとに増えていました。「こんなもんだろう」と思っていましたが、教室に参加するようになって年月が経ってくると静脈瘤独特のだるさを感じる日が少なくなっていることに気が付きました。赤棒などで脚部ももみますが、ウォークマットを踏むと調子が良く、サボっていると脚の付け根に違和感や痛みを感じ血管もボコボコしてくるので、二日と開けることが無いように踏んでいます。週に5~6回、朝はウォークマットを踏んで一日をスタート、昼も踏み、夜は入浴後特にやりたいところを中心に足をもみ、家族の足をもむことも…。テレビを観ながら一時間くらいウォークマットを踏んでいることもあります。毎日気楽にウォークマットを踏んでいることが下肢静脈瘤には効果てきめんになっているんだと実感しています。

◆風邪をひかなくなった

また、子供の頃から毎年10月の肌寒い時期になると、必ず風邪をひき咳き込んで声が出なくなり病院に行き、ひどいと抗生物質を飲むということをずっと繰り返してきましたが、官足法を始めてからはピタッと風邪をひかなくなり病院にかかることがなくなりました。トローチ、喉スプレーなどといった類のものも全く買わずに済んでいます。

学んで備え、みんなで元気に

腰痛、頭痛など官足法でよくなった症状は他にもいくつもあり、官足法と高原先生には心から感謝しています。お陰で今は元気いっぱいですが、今の課題は目です。視力の低下や痒みなど、これから官足法で良くしていきたいと思っています。しっかり学んで備え、また友人、知人にも官足法で元気になれる素晴らしさを知ってもらいたいと思っています。

 

冷え性、不眠症、足の痺れが改善  捻じれた体が戻っていく…

     R.M.(45歳 埼玉県)

■硬いからだ

幼稚園の頃、体操で骨盤がずれて癖になりました。それからなるべく体を動かさないようにしていたので、股関節の可動域が30%と言われたこともあります。10歳前後でお姉さん座りが片方しか出来ず、また走るときは肘を後ろに引くことが出来ないので横に振るようにしていました。そんな体だったからかいつも手足は氷のように冷たく、疲れやすくて立っていることが苦痛でした。股関節が開かないので親指に体重をかけられず、かかとで歩くようにしていました。

ご飯が少量しか食べられないのが悩みの種でしたが、思い切って近くのジムでフィットネスをするようになって改善。そのジムで官足法と出会いました。体の辛いことはまだまだいろいろありました。

■30分のオンライン講座で元気に!

例えば若い時にしたひどい捻挫が治りきらないままで、骨盤・股関節の歪みと相俟って長くは歩けないようになってしまい、夫が私のために福祉車両の購入を検討していたほどでした。官足法指導員の渡辺和江先生のオンライン講座は週一回30分でしたが、学んだことを一週間続けていると元気になって来るのがわかりました。昨年12月に2回受講。1月には到底できそうにないと思っていた念願の引っ越しが出来ました。

■足の痺れ、不眠症、冷えが改善

そこで2月からはオンライン講座受講を本格的に始めました。すると坐骨神経痛の足の痺れが取れてきて、骨盤まわりが柔らかくなってきました。不眠症で、いつもは布団に入って横になっているだけだったのが徐々に眠れる時間が多くなり、今はよく眠れるようになりました。官足法をがんばったときは特によく眠れるのを感じています。4月ごろには冷えが劇的に改善しました。それでも6月半ばにはふくらはぎは温かいのに足先だけ冷たいという状態になり、全体的に押し方が弱くなっていたのだと反省しました。

■希望の光

5月から受け始めた白箸正代指導員のプライベートレッスンでの気づきもあり、巻き爪も良くなってきましたし、太ももの内側がとても硬かったのをようやく押せるようにもなりました。足の親指に重心をかけることが出来るようになり、これまでずっと親指が硬かったこともわかりました。

思い通りにならない体が当たり前だった私にとって、官足法は希望の光になりました。これからもがんばって足をもんで親指を柔らかくし、骨ではないと言われた埋もれたくるぶしまわりをすっきり出来るよう頑張りたいと思います。

大腸がん克服記 **がんが教えてくれたこと**

官足法指導員 南 尚志(鹿児島県)

 

<潰瘍性大腸炎性の大腸がん>

潰瘍性大腸炎と診断されてから約2年8ヶ月目の昨年4月15日、そう診断されました。

ステージは1か2とのこと。ただし、潰瘍性大腸炎性のがんはどこに根っこがあるかわからないので大腸全摘がゴールドスタンダードだとの説明を受けました。

手術は2回、1回目で大腸の摘出をして一時的に人工肛門にし、しばらく間をあけて2回目の手術で小腸と肛門をつなぐとのこと。

病名の音の通り、頭の中は「ガーーーーーン!」です。

足もみを始めてから、三大療法に頼らない治療の知識も多少得ていたので、「足もみ中心に、自分の免疫力でなんとかしたい。標準治療は最終手段にしたい。」と思い、「病院には、体の中のモニタリングでお世話になりたい」と考えました。ステージ1か2なので、今のままの治療を続けることができないか相談しましたが、以下の理由で手術を勧められました。

・昨年なかったがんが今年2~3cmにまで大きくなっている。

・潰瘍性大腸炎性のがんはどこに根っこがあって、どこから出てくるかわからない。

・転移についても予測不能で進行が速い。

・うちの病院では5mmのがんで翌年亡くなった方もいる。

・手術をしなければ来年生きていないかも

標準治療を拒否して亡くなった芸能人の方などを例に出され、とにかく早く手術を受けることを勧められました。

「手術しないと余命1年あるかないかっていう余命宣告なのか?」とドキドキしましたが、がんが発覚した内視鏡検査の時に1年前よりずいぶんと綺麗になった大腸の様子を自分でも見ていたので、潰瘍性大腸炎の発病後一番調子がよく、ここまで回復してくれた大腸を全摘することに納得がいきませんでした。「潰瘍性大腸炎はかなり良くなっているように見えますが、それでも全摘の必要がありますか」と尋ねると、「潰瘍性大腸炎は確かにだいぶ良くなっている。でもがんがあるから全摘。」とのこと。足もみなどで回復させる時間が欲しくて粘り、入院前に転移などを調べるための検査や腫瘍マーカーの検査はしないのか問いかけると、「手術のための入院をしたら調べてあげる。」という答えが返ってきました。

<セカンドオピニオン>

それならばとセカンドオピニオンで時間を稼ぐことにし、2カ月ほどかけて6件の病院で7人の医師と、遺伝子治療のコーディネーター1人と話をして病院との関わり方を考えました。6件の病院は西洋医学系の病院が3件、統合医療系の病院が3件でした。西洋医学系の病院1件と統合医療系の病院の2件は県外の病院を受診しました。

セカンドオピニオン巡りは、最初に訪れた統合医療の先生から、「治療方針を決めるために36件の病院を回っているうちにがんが消えた人がいて、「36人の医師全員言うことが違っていた」という話もあるから、いろんな病院を回ってみたら?」というアドバイスから始まりました。

<反省と治し方のイメージ>

セカンドオピニオン巡りを始めるにあたり、まずは生活を振り返りました。うつ病から回復した後の私は足もみを人に伝えるときには「回復をストレスが上回ると病気になる。」と説明しているくせに、「足をもんでいるから大丈夫!」と過信し、自分がストレスフルな暮らしをしていたことを反省しました。

それから、手術以外のがん治療の知識を得るためにいろんな医師の本を読み、インターネットを検索して、自分なりの「こうやって治したい」というイメージを作り上げました。

官足法でもよくお名前を聞く安保徹先生の「がんはストレスによって活性酸素が増えてしまった体内で嫌気的(酸素が少ない)環境に適応するために(酸素を必要としない)解糖系によるエネルギー生産を行う先祖返りした細胞」という説が自分にとって一番信頼できました。

「ならば、がんができる暮らしの逆のことをすれば、がん細胞は役目を終えて消えるか、または普通の細胞に戻ってくれるのではないか。」というのが私の出したがんの治し方のイメージです。「血流を整え、体を温め、体に良いものを食べ、よく眠り、不安を取り除く。」という副交感神経を優位にする暮らし方が治療だと考えました。官足法で教わってきたことそのままです。

このイメージと合う病院を探しに行きました。

<西洋医学系の治療法>

西洋医学系の病院では、とにかく手術を勧められ、自分で調べて治療の選択肢として考えていた温熱療法について科学的根拠がないと否定されました。発がんの原因と潰瘍性大腸炎の原因については「原因がわからないから潰瘍性大腸炎は難病で、そこからできたがんは摘出するのが唯一の根治治療で、一生薬を飲み続けることが必要」というのが共通した見解でした。西洋医学系の病院は規模が大きく施設が整っていますが、治療法が限定的で体への負担が大きい治療法ばかりでした。また、医師と話していて不安を煽られる印象を受けました。

そもそも「大腸を摘出することを根治とは言わないだろう。」と感じたため、受診を止めました。嫌な気持ちにもなりましたが、本で読んで知っていた患者さんが診察で辛い思いをする体験を身をもって味わうという貴重な体験ができました。

遺伝子治療のコーディネーターとは、代替医療で行われているビタミンC点滴療法やオゾン療法、免疫療法などについてと、遺伝子治療の違いなどを教えてもらいました。

1クール6回の点滴で200万円ほどかかり、1クールで治るかわからないという庶民には経済的リスクの高い治療だったので選択しませんでしたが、良い勉強になりました。

<免疫力を高める生活>

統合医療系の病院では、生活スタイルなどを細かく聞かれ、原因や今後の対応を相談するという感覚の診察でした。まず原因を取り除いたうえで免疫力を高める治療を行っていくことが望ましいというのが訪問した統合医療系の病院のスタンスでした。最終的にお世話になっている病院では、「進行が速いなら、検査をしてからの2カ月でがんが大きくなっているはずだから確認しておきたい。」という希望を聞いてもらい、もう一度検査から始めてもらいました。それまでの二か月強の間は、自分のイメージに従い、食事に気を付け、定時に仕事を切り上げさせてもらい、入浴時間を長くとり、家庭でできる温熱療法を取り入れ、睡眠時間を確保し、足もみを強化していました。併せて「病気は生き方を見直すきっかけ」と官足法指導員講習で教わったのを思い出し、「無理させてごめんね。がんという形でそれを教えてくれてありがとう。」と、寝る前に大腸の患部を擦って話しかけることをやってみました。

<良性腫瘍になる>

検査の結果は「がんの一歩手前の良性腫瘍」。潰瘍性大腸炎も寛解という診断が出ました。内視鏡検査中、その場にいた方々の「これで全摘と言われてもねぇ…。」という言葉に「遠くまで来てよかった。」とホッとしました。

医師から「良性になったとはいえ、油断するとがん化するから気を付けてね。部分摘出もできるけど、どうするかは自分で決めていいよ。」と言われ、迷わず「切りません。」と答え、それから自分の免疫力を高める治療が始まりました。

<病気を治すのは患者自身>

診察を受けている病院の先生は、ご自身が潰瘍性大腸炎で4度の入院を経験し、西洋医学に頼らない治し方を研究されてきた方で、23年間再燃をせず、難病指定からも外れたとのことで、免疫学の安保徹先生の理論を基に診療をされています。患者の苦しみを御存じなので、同じ目線で話せる点が他の病院とは違いました。

いろいろと話をさせていただく中で「自分らしい生き方をするといいよ」というアドバイスをいただきました。「病気を治すのは医者じゃなく患者さん自身だよ」という言葉に共感し、「(もし悪くなったとしても)この先生が全摘するしかないというなら切ろう。」と思えたので、通っています。治療というよりも、足もみにも生かせる様々なことを自分の体を通して勉強させてもらっている感覚です。

<病院での治療>

昨年から病院で受けてきた治療は以下の3つです。

 ◎交感神経の抑制により視床下部の血流を増大するための注射

 ◎近赤外線治療や電子治療の理学療法(どちらも血流促進が目的)

  • ハイパーサーミア(温熱療法)

 (◎:県外の病院   ●:県内の病院)

※処方されている薬はありません。

免疫力の状態は血液検査でモニタリングしています。私は交感神経優位のため、副交感神経の活性を高めていく治療の効果を確認します。リンパ球の割合が35%~40%、リンパ球実数が2000~3000を目標に治療をしてきました。血液検査で特に注目しているのは以下の項目です。

・白血球数・赤血球数

・血液像(好中球・リンパ球などの割合)

・計算で求めたリンパ球の実数

・CRP

・腫瘍マーカー

・アディポネクチン

・ケトン体

・セロトニン

<自律神経と免疫力>

自分ががんという命と向き合う病気になってみて、恐怖感が人の体をこわばらせてしまうということを体感しました。

「来年生きていないかも。」と言われ、呼吸が浅くなりました。深呼吸をしても空気が入ってこない感覚です。これは調べてみると交感神経が優位になっていたためです。ある日散歩をしていて、何気ない景色に感動した瞬間があって、「日常って本当にありがたいんだなぁ。」と感じたことがありました。その頃から少し呼吸が深くなったのを感じました。良性化したと聞いた時に元通りに呼吸できた気がします。

また、普段だと暗くないと眠れないのに、暗いと恐怖を感じていました。

人間の心理が免疫力に影響するというのは実際に血液検査にも出てきて、リンパ球の割合が、がんと言われて「全摘しか手段がない」と言われた頃はリンパ球が10%代しかありませんでしたが、最近は33%程度になることもあります。25~30%台で推移していた頃に「全摘しかない。」と言われた病院で人間ドックを受けたのですが、その時は突然10%台までリンパ球が減りました。翌月にはまた25~30%台に戻りました。「病は気から」とはよく言ったものです。

人の自律神経は感情に左右され、それによって免疫が左右されるという体験をできました。

<官足法と病気の患部>

足もみでは、がんと診断されてすぐに官足法を教わった浜崎ふく子先生に相談しました。

ウォークマットⅡを強く深く踏むこと、血流や大腸の便の流れを意識して足をもむこと、脾臓やリンパの反射区をよくもむことなどのアドバイスをもらい、足をもみました。

また、陰陽五行の陰と陽の関係、相生・相克のことも考えながら足をもみました。大腸の病気ですが、不思議なことに相克に当たる肺の反射区付近が悶々としてもむように促されることが増えています。

改めて官足法ってすごいなと思ったことがあります。潰瘍性大腸炎やがんのある場所がしっかりわかります。内視鏡検査で炎症が見つかったり、がんが見つかったときに、それが炎症か、がんなのかまではわかりませんでしたが、お医者さんから指摘される前に「炎症がある場所はココじゃないですか?」と示すことができました。

<言葉の大切さ>

命と向き合う恐怖や不安、かける言葉で人の体調が変わってしまうことを身をもって体験させてもらいました。お医者さんや医療関係の人からもいろいろ教わり、同じような病気に苦しむ患者さんとの交流の中で教わったりすることができました。

だから今はがんという病気を経験させてもらって本当に良かったと思っています。

<うつ病にも感謝>

私が官足法と出会うきっかけは10年ほど前のうつ病でした。うつ病になっていなかったら、全摘と言われたときに、考えもせず大腸を摘出していたことでしょう。

うつ病になって、浜崎先生から官足法を教わり、指導員になることを勧められたころに「すべてのことに意味がある。繋がっている。」と言われたことを思い出します。

「うつ病になっていなかったら」、「浜崎先生に出会って官足法を知らなかったら」、「姉が浜崎先生を紹介いてくれていなかったら」、「安保徹先生の理論を知らなかったら」、「潰瘍性大腸炎になって今お世話になっている先生の本を読んでいなかったら」、「コロナで緊急事態宣言が出ている中県外の病院へ行くことを許してくれる家族がいなかったら・・・」、いろんなことが繋がってくれたおかげで、今自分がここにいる…。不思議でありがたいことだと思います。

<がんが消える>

今年6月に受けた内視鏡検査で、2~3センチあったがんの姿は消え、病理検査の結果でもがんは確認されませんでした。がんは役目を終えてくれたようです。

再びがんが活躍しないといけない場を作らないように気を付けて過ごしていこうと思います。

<「大丈夫や!」に救われて>

うつ病で浜崎先生に足をもんでもらっていた頃、もちろん足もみも教えてもらっていましたが、先生の「大丈夫や!」の一言を言ってもらうために通っていた気がします。

今回も昨年がんが良性になったときに「もう大丈夫や!」と言ってもらって体がとても軽くなりました。

私も、健康について不安になった方が「大丈夫」と言われて安心できる人になるために、これからも楽しみながら学び、痛くても怒らない方に足もみを伝えていきたいと思います。

※病院の名前やお医者さんの名前は割愛させていただきました。人と人とのことですから相性もあると思います。西洋医学や医療コーディネーター、統合医療のイメージは私の主観と私が行ったことのある病院に限られたものです。

眼瞼下垂 瞼が上がった!

   M.N. 40代 大阪府

〈瞼が重い〉

 仕事が忙しく、コロナ禍の中ストレスの多い毎日を送っていました。瞼が重い、と気づいたのはいつ頃からだったでしょうか。右瞼が下がって来て上がらず、気分まで落ち込みました。あちこちの病院に行きましたが原因は分かりません。毎日鏡を見るたび憂鬱な気持ちになり、人と会うのも気が重くなっていきました。

〈官足法があった〉

 グリグリ棒を持っていたので小さい突起の方でツンツンと頭をつついてみたりしていることを友人に話したところ「それなら(以前セミナーを受けたことのある)官事務所さんに聞いてみたら?」と言われ、メールで聞くことになりました。

〈いざ実践〉

 腎臓が関係していることと、足の指をよくもむことを教えてもらいました。腎臓の反射区を柔らかくするために手持ちのグリグリ棒の他にロビンフットを送ってもらい、毎晩帰宅すると踏み方のメモを片手に40分ほど踏むようになりました。はじめはとんでもない痛さでしたが、とにかくこれに賭けようと、少しずつ乗っては降りしてがんばりました。

〈二週間、瞼が上がる〉

 はじめて二週間ほど経った頃、瞼が軽くなりはじめ、八割ほど上がってきているのがわかりました。視界が広がった、というか、心が晴れあがっていくようでした。これからどうなっちゃうんだろう、と胸を塞いでいた悩みに希望の光が見えてきて、大丈夫、という気持ちになりました。目は今はもうほぼ元通りになり、見られるのが嫌でなかなか切れなかった髪も切りました。

〈これからも…〉

 まだ脚がむくみますし、からだの悩みはいろいろありますが、私の傍らにはロビンフット”さま”があり、まだまだ痛いけれど、頑張ればいいんだ、と前向きな気持ちになれています。

 

クローン病(指定難病96)が劇的に改善

山田千恵 35歳 東京都

<クローン病になる>

私は29歳で妊娠した時、口から肛門まで炎症を起こし、腸に潰瘍ができるクローン病という難病になりました。

水を飲んだだけでも下痢になり、肛門にできた潰瘍により耐え難い激痛が襲い、口内炎、結節性紅斑、関節痛等の症状もあり、生まれて間もない娘を抱えながら一日一日を必死でやり過ごしていました。

温熱療法や鍼灸治療でひどい症状は緩和しつつも、その後、直腸腟漏の手術をし、内視鏡検査で潰瘍がかなりあるため高額治療法に切り替えたほうがいいと言われました。

<出会い―鍼灸から官足法へ>

途方に暮れていた2019年10月、東京ゴスペルハウスのレディースタイム(子育て中のお母さん達の学びの場)で官足法の吉野洋子先生の無料セミナーに参加しました。

その頃私は鍼灸の治療を受けていて、G棒を購入したもののまだ本気でやろうとはしていませんでした。

翌年コロナウイルスの感染拡大が始まり鍼灸の治療にも行きづらくなって、セルフケアの官足法をやろうと吉野先生のオンライン講座も受けました。

<本格的に取り組む>

一方、母から岡山至先生の指導も受けてみたらどうかと言われ、2020年6月に官事務所で個人指導をしていただく事になりました。母は以前岡山先生の指導のもと気管支炎がよくなった経験があったのです。

足を押してもらうと強烈な痛みに襲われ、全身にごぉ~!と血液が流れていく感じがして、私の難病はこの治療法で治ると確信しました。

官事務所の皆様にも血流を良くすれば病気は絶対治るよ、と励ましていただき、毎日足揉みしました。

最初は日中ちょっと、夜ちょっと、という感じでやっていましたが、自分で自分の体をケアできるのが嬉しくて8月ごろからはもっと長くやるようになっていました。

<三か月目、足全体の血流改善で潰瘍が小さく!>

岡山先生の指導は、はじめはともかく痛くて痛くて、クローン病ですから腸の反射区ばかりが気になっていたのですが、何度か指導を受けているうちに婦人科系の方が悪いんじゃないかとご指摘いただきました。

G棒だけでやっていたのですが、ウォークマットⅡを購入しました。本を読みながらでも出来るのでウォークマットをはじめに踏み、次にG棒で細かく足の甲や踵と脚部を押すようになりました。脚部には重さのある赤棒も使いました。

官足法を本格的に始めて3ケ月目、秋の内視鏡検査では、大腸の一部、上行結腸と横行結腸の潰瘍が改善されていました。

<指ももんで炎症値改善>

その頃になっても冷えがひどかったので、指をしっかりやるようにとも教えていただきました。

娘がまだ小さいので、朝一時間早く起きてウォークマットを踏み、グリグリ棒で指をもむ。夜はまた一時間やる、という毎日。それでも全然揉み足りなくて時間が足りないなぁ、と思っていました。

でも指をしっかりやるようになったら体内炎症値が下がり始めました。

<半年目、体が大きく変わる前兆? かかとのひび割れ>

始めて半年以上たった頃に、左足の踵の生殖器系の部分に深いひび割れができ、岡山先生に相談し指導していただきました。

これも体の変化の良い反応だということで、無理の無い範囲で続けて良いと言っていただき、揉み続けました。

形成外科の先生にひび割れを診てもらったところ、高齢でもないのに、こんなひび割れができるのは珍しいと驚いていらっしゃいました。

いまだに踵周辺は揉むと痛いのですが、ひび割れは、体が大きく変わる好転反応だったのだなと思います。

<9か月目、最もひどい潰瘍も治癒>

そして9ヵ月目の今年3月には、炎症がもっとも激しかった直腸とS字結腸の潰瘍まで癒やされていたのです!

ステロイド剤の服用もなくなり、今は内服薬で保存的治療を行っています。

また、全身の血流が良くなったことで、極度の末端冷え性やドライアイも良くなり、膝の痛みが無くなり、頻繁で深刻な悩みの種だったカンジダも癒されてきました。

現在、官足法は私の楽しみの日課になっています。官足法に出会えたこと、そして祈り支えて下さった皆様のお陰で今があります。心より感謝いたします。

自己免疫性膵炎が改善 冷え症・便秘が解消、 糖尿病・高血圧が基準値に!

土居克江 60歳 大阪府

写真は左足のみ官足法施術練習後

 

<薬に頼る若き日、30代で心臓肥大、橋本病に>

私は、若い頃より身体が丈夫ではありませんでした。食べると胃薬、痛いと消炎剤、薬にすぐ頼ってしまう傾向があり、音楽の仕事柄喉の調子には敏感でした。

30代前半に疲れやすくなり、朝起きられないほどの疲労感が続きました。その上風邪をひきやすくなっていました。地方での出張の度に喉が痛くなり薬で抑える。そんな事がくりかえし起こり一年ほどたった頃、検査で心臓肥大がみつかり、甲状腺の異常も見つかりました。橋本病でした。身体がむくんでいて、水を飲んでも太る、手足の皮膚がボロボロ剥けてくる、そんな症状も加わりました。

薬で補うことで、疲れやすさや風邪をしょっちゅうひくことは少なくなってきました。でも、便秘は続いていて、便秘薬は手放せませんでした。

 

<自己免疫性膵炎発症>

40代前半に、自己免疫性の膵炎を発病しました。

甲状腺疾患から病気を引き起こしたのだろう、と言われています。それからは、毎日飲む薬の数はすごいことになっていました。

でも、膵臓の痛みはなくなったものの、薬を飲むことで病気が改善していく様子はなく、これで良いのだろうか・・・と、ずっと悩んでいました。

<官足法と出会う>

そんな時に、友人から「官足法」の反射区を揉むことで、病気が改善される!!という嬉しい情報を教えて貰いました。

たまたま私が仕事で通っていた場所の隣で、浜崎ふく子先生が講座を開いてらっしゃる事を知り、すぐに体験講座を受講しました。今から2年前2019年3月でした。講座までに、本を一通り読みウォークマットⅡも購入しましたが、素足で乗ることは全く出来ず、バスタオルを持って講座に参加しました。

 

<教室でウォークマットⅡ体験 冷たい足がポカポカに>

初めて体験した日の事は忘れられません。いきなり「マットはバスタオル無しで乗るように!!」と言われました。痛くて痛くて、途中何度も降りながらでしたが、腎臓の反射区から順に踏んでいくこと1時間、浜崎先生の講義「自分の身体は自分で守る」を聞きながらマットを踏みました。頑張りました。初めての講座後は足元からホカホカ、ずっとポカポカが上って来るではありませんか!!「これは絶対身体に良い!!」そう感じました。

私は代謝が悪かったので、常に冷え性でした。冬は靴下2枚、カイロは身体前後ろに必ず2枚ずつ、時には靴下のなかにも入れて過ごしてきました。夏もカイロをお腹に忍ばせることもしょっちゅう…。なんだかいつも冷たかったのです。

その日から少しずつ、マットに乗りました。

 

<便秘が解消、高血圧の薬も不要に!>

身体にまず変化が現れたのは便通でした。便秘で薬が手放せなかったのですが、薬がなくても朝起きたらトイレへ!食後には何度も何度もトイレへ!お昼も食べたらトイレへ!!そして座ればスルスル!!食べたら出る状態、ビックリです。血圧の薬も早くに必要がなくなりました。講座の度に浜崎先生は私の足を見て、悪い箇所を指摘して、揉んでくださいました。いつも悲鳴無しではいられませんでした。「痛いのは悪いから!」と、先生にくりかえし言われました。でも、揉んで頂いたあとはコリコリがなくなって(流れて)行く様子に、確かに老廃物がはがれていくのを実感していきました。

 

<コロナ禍でZOOM講座に参加 HbA1cも血糖値も正常に!>

昨年はコロナで講座は休講が続きました。その間は森なおみ先生がZoomで毎週講座を開いてくださり、ウォークマットの正しい踏み方や、その他の手で揉む道具の使い方を丁寧に発信し続けてくださいました。ウォークマットの講座の後は倦怠感があったり、棒で揉んだ後は青アザが長く取れなかったり、目が腫れたり・・・いろんな事が起こりました。でも、そのたびに「良かったですね!好転反応ですよ!」と励まし続けてくださりここまで続いてきました。糖尿病関係は、今年3月の検査でHbA1cが規定値内の5.3と正常になり、血糖値もコントロールされてきている事が実証されました。ウォークマットの効果を実感しております。

<官足法の入り口に立つ>

そんな中、浜崎先生から「より深く官足法に触れることで、今後の自分の身体・健康にも役立つだろう。又、身近な人を助ける事も出来る」と助言を頂き、第48回官足法指導員養成講座に参加させて頂きました。このコロナ禍の中、マスク厳守、換気、消毒を徹底管理してくださり、何の不安もなく講座を受講できました事、心より感謝申し上げます。講座を受けて、自分が何故この病気になったのかも理解することができました。

やっと官足法の入り口に立たせて頂いたように思います。

まだまだ体調は日々違います。その上、老いがやってきています。さらに年老いた両親をしっかりケアーできる自分であれるよう、「自分の身体は自分で守る」「ぴんぴんころり」をめざし、精進していきたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願い致します。

ウォークマットⅡで一か月、脊柱管狭窄症が改善 歩く喜び再び

島村典子 73歳(埼玉県)

足が痛い!

2020年夏、腰痛体操でも効かない夜中の右足腿の痛みと痺れで整形外科にかかり、骨粗鬆症と痛み止めの薬を処方されました。薬は飲みませんでした。11月、痛みが夕方にも出るようになり、通勤の帰り、また別の整形外科へ。待つこと2時間。レントゲンの結果、「脊柱管狭窄があり、ヘルニアもあり、背骨も曲がってきている。背骨は治りません。」とのことでした。

 

治療効果もなく

2020年11月末、夕方の痛みはだんだんひどくなってきて、ネットで調べた整骨院へ行きました。保険が効かないので、一回が30分で7,000円。パート勤務の自分には高価だけど、痛いのが治れば・・・と熱心に通いましたが、施術の後は、行きよりももっと痛むようになってきました。何度も休み、腰を曲げて歩くと痛みが消えるので、曲げるようにしてから、少し伸ばして歩きました。脊柱管狭窄症の特徴の間欠跛行です。7回まで通いましたがひどくなる一方なので、もう通うのを諦めました。

 

私は45年間幼稚園で働いており、子どもと遊ぶことが大好き。今でも公民館で親子遊びをしています。走ることがもうできないのか! 歩くことが辛くては椅子に座って指図? これはいただけない! 父もずっと足が痛いと言っていた。弟も足先が痺れると言っている。腰痛の家系なのか・・・。2021年の正月は暗かった。

 

本屋さんでこれはと思う本を買いあさり、読んで実行するもあまりパッとしない。家事はできるだけさぼり、電話はベッドに横たわって話し、それでも散歩は午前中に出る。

歩く姿を見られることを意識して、なるべくびっこを引かないようにする・・・そんな毎日でした。

 

30年も前に出会っていました!

2021年2月半ば、旧知の石塚さんに私の足のことを話したら、「私も坐骨神経痛でね、痛くて寝返りも打てなかったのよ。色々試して、足ふみに出会ったの。それで治したのよ!」そうだったのか。30年ほども前、自分も買ってた!部屋の隅に押しやられていたマットを出して来て踏むとバキッとひびが入り、新しいものを買いました。

 

痛みが無くなる

踏むと痛いのでひざ掛け毛布を敷いて、乗っかりました。体が軽くなり、痛みも薄らぎました。説明書の順番通りにタイマーをかけて40分、朝晩続けていると、ほとんど痛みは無くなりました!調子づいて庭の草とりもしました。しかし4日目のこと、今までにない痛みが襲ってきました。動けない位の痛さに家事も散歩もせず、寝っ転がって過ごしました。もっとよく知ろうと『足の汚れが万病の原因だった』の本をネットで求めると同時に石塚さんにもこういう事があったのかを聞きました。彼女は「覚えていないけれど、とにかく死に物狂いで朝晩踏んだわよ」と言われました。次の日は嘘のように痛みは無くなっていました。

3月に入るとウォークマットを靴下一枚で踏むようになり、3月12日には娘に誘われて武蔵丘陵森林公園へ出向きました。歩くのが好きな自分でしたが、広い公園へ行こうという気持ちになったのは去年の夏以来のことでした。よく歩きチューリップやクリスマスローズを堪能できました。

痛みがぶり返す

翌日の仕事中、椅子から立った時に異様な感覚が足に来ていました。夕方は駅への道をやっとの思いで歩き、電車を降りた後自宅までは歩けずにタクシーに乗って帰りました。この日官足法の本を読み、痛い日が来ることを知りました。治る道のりは長いけれど、確実に良くなっているとも感じました。

痛みから解放され、不眠も解消

今日は3月23日、朝晩しっかりと踏んでいるので、13日以来痛い日は来ていません。

足腰の他にも嬉しい変化がありました。寝つきが悪い、夜中に目が覚めたら明け方まで眠れない、時々は睡眠導入剤を飲むこともある自分が、足ふみを始めてからは、ぐっすりと眠れています。夜中にトイレに起きても、バタンキューです。尿漏れも改善されつつあります。そうそう初めの頃は黒っぽい便が出ました。

 

21日には官事務所の水溜さんの指導を受けることもでき、正しい踏み方を教わりました。あの坐骨神経痛の痛みから自分の努力で解放されるのは、素晴らしいことです。いろいろやって来ましたが官足法を始めて、今ではこれが一番。兄嫁は糖尿、脊柱管狭窄症、目と耳を患っており、弟は肥満に坐骨神経痛・・・早速二人にプレゼントしました、3種の神器。みんな元気で歳をとろう!と。

13歳の娘、コロナ太りの脚がスマートに!生理不順も順調に!

S.F.(青森県)

13歳の娘のことです。昨年の春コロナウイルスの為緊急事態宣言が発令され、学校が休みになった時のことでした。毎日家から出られずTVを見ながら出された宿題をするしかない生活。自営で営業時間を短縮しながらも毎日仕事に出ていたため、作り置きの昼食が間に合わない時は「自分で作るからいいよ。」という娘に任せてもいました。二か月が過ぎ、学校に行けるようになった頃、ふと娘が「私の脚、ヤバイ。いつからこんな脚だっけ‼⁇」と。見ると象さんのように、太股から足首までが同じ太さに…!!毎日徒歩で通学していたのに家の中で足を使わない生活になった結果でした。「脚、やせたい!」という娘に足もみを教えることになりました。この脚はさすがにマズイな、と思いながらも「シメシメ良かった!これで自分で足もみするようになる!」と内心喜びました。というのも幼児の時は故小野寺勝男先生に足もみをしていただき、小さいながらに自分でもウォークマットⅡを踏んだりもしていたのです。私がもむようになると甘えも出てかやらなくなり、熟睡しているときなどにもむなどしてきたものの私も仕事に家事、介護に追われ出来なくなっていたのです。

 この時期お家でダンスや筋トレ、仲里依紗さんの脚痩せ、などがYou tubeで流行っていたこともあり、娘も楽しんで毎日自分で足もみをするようになりました。すると…少しずつですが、脚、足のあちこちがスッキリし始めました。結果が目に見えて出たことが励みになったようで、一生懸命続けていたら、くるぶしの骨が見え始め、アキレス腱の形がはっきりし、太る前にもほとんど出ていなかった足の甲の骨が一本一本見え始め、体重も少しずつ減り始めました。それだけでも本人は嬉しかったようですが、何より嬉しかったのは前年の8月に来た生理が、その後なく、病院で診てもらった方がいいかなと思っていたところ、ちょうど一年後、足もみを始めて3~4か月程経った辺りにまた来るようになったこと!「生理なんて来ない方が楽」なんて本人は言っていましたが、さすがに心配になっていたようで、また来た時には二人で大喜びしました。そこから様子をみていますが、毎月順調に来ています。生理痛や生理前後の体調の崩れ等もなく4~5日で終わる、と本人も「足もみの効果はすごいね」と実感しています。

急性肝炎が足もみで劇的に改善

J.S.(58歳 東京都)

<足首を骨折>

私は、2019年10月に右足首の腓骨・脛骨の両側を骨折し、現在もチタンプレートやネジが装着されたままです。骨折以前は、官足法の指導員である妻に半ば強要されてウォークマットを踏み、G棒で反射区の痛いところを押し、足を揉んでいました。その甲斐あってか体調もそれなりで過ごせていました。しかし、骨折後は暫く身動きがとれず、足首・膝・股関節ともに痛みが酷く、身体の曲げ伸ばしにかなりの苦痛が伴ったこともあって、自分の生活からウォークマットとG棒が自然に遠のきました。

年齢もあるのでしょうか、骨折の治癒スピードはかなり遅めの感があり、痛みがそれなりに緩和され、足首の可動域が7割程度に戻ったのは2020年8月でした。

 

<倦怠感が続く>

丁度この頃、何となく寝ても疲れが抜けず、瞼は重く、目の下にはクマが目立ち、帰宅してからも夕食後は何も出来ず寝落ちして、気付くと朝を迎える日々が続きました。いわゆる夏バテなのかなと思いつつ、少し足を動かせることから言い訳程度にウォークマット踏みを再開しましたが、それなりの倦怠感は続いていきました。

 

<肝機能検査数値の異常>

コロナ禍のもとで職場の定期健診が例年の春先から秋口に変更され、10月9日に受けたところ、肝機能について要精密検査の通知を受け、11月12日に再検査を行いました。再検査項目は、肝細胞の障害の程度を表すとされるALT(GPT)とAST(GOT)でした。検査数値の推移(10/9→11/12)は、ALT(188→306)、AST(68→225)と、この1ヶ月でも数値の大幅な悪化が判明し、最終的に専門医の受診を指示されました。

 

<官事務所で指導を受ける>

定期健診結果と普段の顔の疲れを心配した妻の勧めもあり、11月12日に精密検査を受診したその足で官事務所を訪ね、水溜さんに状況を説明し足を診てもらいました。肝臓・腎臓の反射区は勿論のこと、足指回り、足裏、足の甲、くるぶし、足首、ふくらはぎ、太もも、股関節、坐骨に至る細かいところまで、「グリグリ棒」と「これいいわ」の使い方を指導して頂いたのは、激痛を伴う過酷な試練のひと時でもありました。プレートやネジのある箇所を避けて、とにかく足首の老廃物を無くす努力を続けるよう促されました。この夜から、ウォークマットを20分、G棒・グリグリ棒・これいいわ、を使い分けながら、40分程度痛みに耐えることを当面の日課としました。

 

<足もみ5日で検査数値が大幅改善>

5日後の11月17日と24日に病院を受診し、原因特定のための各種検査を実施。各検査数値の推移を11/12→11/17→11/24の日付順で表せば、ALT 306→69→23、AST 225→28→18。最も異常値を示した11月12日から足もみを本格化した5日間で数値は激減し、11月17日にはほぼ正常に、11月24日には正常値に戻っていました。つまり12日後には完全に正常値に戻ったことになります。そして12月1日に出た医師の診断は、B型急性肝炎を発症したものの自然軽快したというものでした。慢性肝炎が急性憎悪を繰り返している可能性もあるため、暫く経過観察を続けるとのことでした。

 

足の施術による急激な数値変化を目の当たりにし、狐につままれたような気になりますが、現実の出来事です。身体の変化は正直で、倦怠感はほぼ無くなり、靴が緩くなったと自覚していますので、足の浮腫みが取れて老廃物が徐々に流れてきたのだろうと理解しています。出張にもバックの中にG棒を忍ばせています。自分の身体にとって良い状態を継続できるよう、今後も無理をせず足のケアを続けていきたいと考えています。

                             2020年12月現在

薬漬けからの脱出  十年来の喘息治療から解放されて

M.S.(女性 73歳 東京都)

<咳ぜんそく>

幼稚園の頃から気管支が弱く、大人になってもよく風邪をひいていました。60歳頃から咳が止まらなくなり、病院の検査で肺年齢が90歳と言われて喘息治療のステロイド剤吸入もするようになりました。

 

8年ほど前からは姉に誘われて一か月に一度、岡山至先生(官足法指導員・官事務所専任講師)から官足法を教わり、足のチェックを受けるようになっていました。「痛いなー。でもやった後は気持ちがいいな。」と感じてはいましたが、喘息の治療を止めようとは、その頃は思いもしませんでした。

 

<喘息ではない!?>

ところが一昨年、足が酷くつるようになり、吸入の薬を変えてもらうと足のつりは治ったものの今度は声が出づらくなりました。

 

耳鼻科の病院でお薬手帳を見た医師に「この強いステロイドを飲まされているの?」と言われた時はショックでした。大学病院でもあらためて検査を受け「喘息ではありません。気管支炎だったんじゃないですか?」と言われました。

 

…これまで受けて来た治療、飲み続け体に溜まり続けてきた薬…、風邪の度の点滴…、それらはいったい何だったのか…。

 

<薬より足!>

別の病院のボイスケアセンターに行くと「薬の副作用だからどんどん歌いなさい。」と、声のリハビリが始まりました。2019年5月のことでした。

 

同時に「私にはもう足しかない!」と官足法に真剣に取り組むようになりました。振り返ればこれまでずっと、喉が痛くなると病院で薬をもらい、咳になると抗生物質、もっとひどくなるとステロイド…というふうに薬に頼ってきたのです。でも考えてみたら私の場合、薬が効いても治るのに一週間かかります。足を自分でもんでも治るまでだいたい一週間です。同じことなら飲まないで治した方がいい!

 

<「ながら」で足もみ>

何が何でも喉が痛くならないように、特に親指はしっかりともむようになりました。岡山先生にチェックしてもらって痛いところが見つかると「ここを克服したら良くなるのか。よし、やってやろう!」と思います。特に痛いところは気が紛れるようにゲームをしながら、山場の難しいところで「コンチキショウ!コンチキショウ!」(笑)と強くもんでいます。その甲斐あって2019年8月ごろからは治療のために病院へ行くことは無くなり、薬も飲んでいません。

 

今の心配はインフルエンザやコロナなどの感染症です。薬を止めると決めたものの不安もあり、悩んだ末、先日インフルエンザの予防接種を受けました。これで少し安心した部分もあります。悩みながらも、足をもんで元気でいることを喜んでいます。

 

乳がんの抗がん剤治療を官足法で楽に

E.T. 45歳女性 (東京都)

<海外で発症>

10年間外国に暮らし、ある時いつもより胸が張っていてしこりがあるのを見つけました。病院は無料ですが予約待ちで、ようやく受診すると「大丈夫だけれど一応もっと大きな病院で検査してもらって下さい。」と言われました。次の病院でもはっきりとした診断が出ないまま治療の目途すら立ちません。最初の違和感からすでに2ヶ月が経とうとしていました。

<ステージ2>

2017年12月、日本で検査と治療を受けるべく帰国。初めてステージ2の乳がんという診断が下りました。翌1月には抗がん剤治療が始まり、7月の手術で乳房の全摘という方針が決まりました。少しずつがんは小さくなっていましたが、抗がん剤の副作用も辛く、自分で出来ることはないだろうかとインターネットで調べるうち官足法を見つけました。

<全摘予定が部分切除に>

4月、はじめて官事務所で官足法を体験しました。ものすごく痛いけれど、終わった後の爽快感にハマりました。抗がん剤治療をしている時の、全身がグターっとするだるさは官足法によって軽減し、自然と動けるようになりました。「これをやっていれば元気になれる!」そう思うと前向きな気持ちになります。毎日家で一時間ほど足をもみ、一ヶ月に一度官事務所でチェックを受け、手術前は一週間に一度、官足法指導員の方に出張してもらいアドバイスを受けながら手術の日を迎えました。右胸部全摘という予定も、がんが小さくなっていて、部分切除になりました。

<暮らしの中で>

今では官足法は生活の一部です。普段は夜、お風呂の後に30分ウォークマットⅡを踏み、ふくらはぎや太ももは「これいいわ」でもむなど、なるべく脚全体をもむようにしています。朝、身体がだるい時もウォークマットを10分でも踏めばだるさが無くなり、踏めない時は足がムズムズしてきます。これまで一日だけ、疲れて踏まずに寝たことがありましたが、たとえ5分でもウォークマットを踏んだ方がよく眠れることがわかりました。いつの間にか「続けなきゃ」ではなく、足が「やりたい」と欲するようになっていました。二度と再発しないように、これからも一生官足法を続けて元気な身体を維持してゆきたいと思っています。

冷えと向き合う=自分と向き合う、そして小さな命を授かる

永山渚 36歳(長野県)

■蕁麻疹

官足法をまだ知らない頃、私は蕁麻疹が時々でるという症状に悩まされていました。医者へも行っていて、「ストレスからとか、結局原因不明です」との診断で薬を処方されていました。私は大の薬嫌い(笑)でも仕事にも支障が出てしまうから薬は飲んでいました。別に大きく環境が変わったわけでもなく、ストレスって言われてもよくわからない、と感じていました。

■官足法を知る

そんな時に!偶然官足法指導員のアオキタカエさんに出会う奇跡がありました。官足法なんて全く知らなかったけど、今思えば、出会うように出来ていたとしか思えないのです。タカエさんに体調の話をすると「腎臓が弱っているのかもね」と。腎臓について少し教えてもらうと、「そっかー、膀胱炎もなりやすいし、なるほど腎臓かぁ」とその時は細かい事はわからないなりに、漠然と理解した感じでした。

■冷え症、だけど?

おまけに、その時、過去にないほどの冷え性でした。「私も冷え性だよー」なんて女性は女性同士共感し合っちゃうので、まぁ冷え性でも別に普通か、と思っていました。みんなあるからとか、年齢がとか。冷えは良くないとは知ってはいましたが、「多少運動もしてるしな〜、それでもだめなら靴下いっぱい履くとかぐらいしかできないから、仕方ない」と思っていました。そこまで重大に考えていなかったということです。

でも、コイツは思っている以上に大変な事なんだと官足法を知る事で気付かされていったのです。

■無理をしていたことに気付く

私は体の症状をそれぞれ単体で考えていました。「蕁麻疹が出ているだけ」「冷え性なだけ」のような。なぜかと言うと、基本的に体が強いと思い込んでいたから。今思えばただ、気持ちだけで乗り越えていたんだなぁとわかります。それが生活面、仕事面では「ある意味」良く働いていたとも言えます。「体がだるくて」「発熱して」仕事に行かれないなんてことはほぼありませんでしたから。でもそれは無理な精神力で武装していただけで、体は実は蝕まれていたんだと、これも後々納得していくのです。

どんだけ精神力強いの?という感じですが、これはさっきも言った通り「無理をしていた精神力」なだけ。私が生きてくる中で勝手に培われてしまった癖だと、それもタカエさんが気づかせてくれました。マイナス思考なもので、もっと頑張らないとダメとか、いつも考えて生きてきたので、ね(汗)

そんな私なので、今考えれば神経の通りも悪くなっていたのかも?とも思えます。体が麻痺している感じで、本来なら頭痛が起きていたり、もっと感じられる不調があったはずですが、正しく神経が働いていなくて、不調のはずなのに「不調を感じない」という負の連鎖に迷い込んでいたのかなーと。

いつも頑張りすぎる、どうでもいい事まで考えすぎる人は知らないうちにこうなっている事も多いと思います。

タカエさんに足を見てもらったときは「足硬いね〜、頭痛あるでしょ?膝痛いでしょ?」等々たくさん言われましたが私的には「全然ないなー」という状態でした。のちに腰痛や頭痛の症状が出て来た時に、全く感じていなかったんだなと気づかされました。結局私は「原因がどこ」という事ではなく、これまでの蓄積によって体が弱っていたようです。不調を感じていない、すごく良くない状態。そしてどんどん足に汚れが溜まっていったのだと思います。

■冷えは万病の元!

蕁麻疹で悩んでいた頃の私に今の私は「腎臓の反射区だけ揉めばいいよ」とは言わないと思います。もちろん重点的にというのはあると思うけど、結局体は全部つながっているし、臓器も相互作用し合って、影響し合っているので、ある一部だけもんだところで、他の反射区が詰まっていたら流れないですよね。官先生の「くまなくまんべんなく揉む」とはこういう事なんだなぁと実感しました。

結局今現在冷えているという事は、元気の源の血液がちゃんと巡っていないわけで、私の体は腎臓だけ弱っていたわけではなくて、体中の色々な所が弱っていたのだと思います。冷えを甘くみちゃいけないのは、全ての病気の始まりだという事だからと強く知る事ができました。

■官足法を続けて妊娠

そんな事で、元気でいたいし、薬に頼らずに過ごしたいという気持ちから、これまで官足法を続けてきました。私の蕁麻疹もわりとすぐ引き、もうないです。今では足を触る事が当たり前になっているので、棒で揉んだり、台所にマットを置いて家事しながら踏んでいる日々です。

その後結婚し、このたび妊娠もしました。あまりの冷え性に子どもを授かる事も心配していましたが、官足法を続けていたおかげだと思います。

お腹が大きくなると手で揉むのも大変なので「これいいわ」をゲットし、普段から使用していますが、むくみを感じた時もとても重宝しています。

■官足法で成長したい

とは言え、まだまだ課題だらけの足なので、タカエさんに教えてもらったり、自分の足と向き合ったり、グループレッスンに参加しながら、官足法を通じて出会うみなさんと共に成長していきたいです!元気が一番です!これからもずっと健康でいられる様に自分の体をよく知っていくために官足法を続けていきたいと思います。

腺がんの影が消えた

官足法指導員 菅原喜代美(東京都)

夫に誘われて始めたゴルフは、今では最も好きなスポーツの一つになりました。

一昨年のことになりますが、いつものように夫とゴルフに出かけた時のこと、振り抜くときに今までに感じたことの無い疼きが肋骨に走りました。骨にひびが入ったか、それとも折れているのか、と不安になり近くのクリニックでCTを撮りました。すると「骨は何ともありません。でも肺に何か居ますよ。」とのこと。そこから関東中央病院を紹介されました。ここでのCTでも肺に影がありました。診断は腺がん0期。この時の血液検査では白血球数が2700だったのを覚えています。基準値は8000とのことでしたから随分少なかったのです。白血球の成分検査では好中球の値が高く、その分がんと闘うリンパ球の値が少なくなっていたのも、岡山先生から教えていただいていたがんの人にありがちな血液の典型でした。

若い時から会社勤めの仕事の傍ら、ヨガのインストラクターを始め様々なことに挑戦し、活動的に過ごして来ましたが、生まれつきの心臓疾患があり、腎臓からきた尿道結石、逆流性食道炎、子宮筋腫など入院、手術の経験には事欠きません。が、心臓の大手術のあと官足法指導員になって、すぐに官事務所で週二、三回働き始めました。事務所で教えてもらえることもあって、一年後には体温が一度上がっていました。官事務所での仕事の他、ヨガ、官足法などいくつも講師として教室を掛け持ちしながら元気に過ごしていましたが、この時は引っ越しも重なり、疲労と様々なストレスが重なって、足を揉めない日々が続いていました。ですから、腺がんと言われた時もあまり驚きませんでした。そしてむしろ官足法で治そうと闘志が湧いてきました。

0期とはいえ、胸は相変わらず痛かったので、この痛みを取ろうと足もみに取り組みました。それまで官事務所で、足と脚部全部を隈なくもむよう口が酸っぱくなるほど言われていたのに指の揉み方が足りなかったことにも気付かされました。

水溜所長が“ホラ”と言って軽くつまんだ爪先の飛び上がるほどの痛さ。岡山先生に押していただいた指の付根とその斜め45度の痛かったこと!それまでいつも足は冷えていて絹の冷え取り靴下を何重にも穿いていましたが、指をちゃんと揉めばカーッと温かくなることに、この腺がんのお陰で初めて気づきました。

三か月に一度の通院で、二度目の診察は一度目から変化なし。けれど、三度目からは行く度に肺の影が薄くなっていき、五度目には影は消えていました。

今年は春からのステイホームで教室の多くが休みになり、その分昼の間じっくり時間をかけて足を揉むことができました。これまでは忙しく予定をこなす日々でしたが、はじめてゆったりとした時間を過ごし、時間があるっていいものだな、と思えるようになりました。この体験が、これからの人生をまた違ったものにしてくれるのでは、と思っています。

近眼・便秘を克服 尋常性乾癬と難聴が改善

Y.K.69歳 千葉県

<わかっていないことに気付く>

今年1月半ば、知り合いが俯いてトボトボと歩いているのを見かけました。「どうされましたか?」と声を掛けると「目が、片方見えなくなると病院で言われたの」と仰います。力づけて差し上げたいのに何も言えませんでした。それっきりお会いすることもないその方を思うと後悔の念が湧き起こりました。

そのころはもう一年半も官足法の教室に通っていたのです。官足法指導員の篠原伴子先生が私の顔の湿疹に気付いて声を掛けて下さったのがきっかけで、月に一度通うようになったものの、いつも教室のある日の直前だけちょこっと足を揉む程度。絶望しているその方に官足法のことを話して差し上げることが出来ませんでした。そんな自分が悔しくて、一念発起「官足法指導員になる!」と決めました。

<好転反応を乗り越える>

そうと決まればこれまでのようにサボっているわけにはいきません。ウォークマットⅡ、グリグリ棒とG棒で足と脚、全部を一時間半かけてもみ上げます。痛いけれど仕方ありません。視力が左右とも0.1の私。2週間もすると目に変化が現れました。右目の目尻が切れたり、目やにが出たり、赤くなったり…。そんなことが1ヶ月以上続いてだんだん良くなったと思ったら、今度は左目に来ました。朝目覚めると目が開かないほど目やにでびっしり、かと思うと目の下が赤くなったり。3、4日するとそれが取れて、の繰り返しです。目の好転反応が始まって3ケ月ほどした時、「メガネの度数を変えたっけ?」と思うほどはっきり見え、時々眼鏡を忘れて出かけるほどになりました。鏡を見ると目がパチッとして白眼の色がきれいになり白がハッキリしてきたように思います。

次に変化が現れたのはお通じでした。ウォークマットⅡを毎日40~45分踏んでいるうち、踏むとおならが出るようになり、腸が動き出したことを感じました。三日に一度だった便通が毎朝になり、便の状態も良くなりました。

<足と脚部を全部もむ>

ウォークマットを踏み始めるとやる気が出て来ます。教えてもらった通りやらないと気が済まず、その通りしっかりやるとあっという間に40分くらい経ってしまいます。朝起きるのも楽になりました。踏んでも、踏んでも、痛いし「こんなに痛いの私だけ?」と思うこともありますが、次々と起こる変化が楽しみで続いています。もちろんウォークマットだけでなく、上の脚部もやっています。ちゃんとかき上げてやらないと却って脚がだるくなってしまうので。

<尋常性乾癬と難聴>

今一番解決したいのは20歳で発症した尋常性乾癬と、耳に出来る瘡蓋で聴こえにくくなっているらしい難聴です。以前は3、4割くらいしか聴こえなかったのが、今は6、7割聴こえるようになりました。20歳からずっと皮膚科に通い、ステロイドを頭にも振りかけるほど、文字通り浴びるように使っていました。30年使い続けて、治らないなぁと思っていた頃、知り合いの看護師さんに使い続ける危険性を教えて貰い、50歳できっぱり使用を止めました。反動で顔が真ん丸に腫れ上がり、ボコボコになりましたが、自然治癒力に任せようと決めました。顔や全身のボコボコは一年ほど続いてだんだん治り、ある日また出る、ということを繰り返していました。今も膝や肘に出ていて、引っ掻くので血が出ています。

<皮膚が綺麗になってきた>

でも以前の私を知る人は「最近皮膚がきれいになったね。」と言ってくれます。身体の赤みが全体に薄くなっています。乾癬は皮膚を傷つけるとまたそこに瘡蓋のように盛り上がるのですが、これまでずっと消えることのなかったおへその中の瘡蓋がはじめて取れて、つるっときれいになりかかっていることに気付きました。これからどう変わっていくかを楽しみに、そしていつか困っている人に会ったら官足法のことを話して力づけて上げられる自分になるのを楽しみに、毎日続けていこうと思っています。

骨盤骨折からの回復

                             官足法指導員 篠原啓太(49歳 茨城県)

2020年1/5 自転車で転倒、入院

救急車で病院に搬送、骨盤骨折と診断され即入院となりました。

レントゲンとCT撮影の結果、左側寛骨臼で広範囲にわたる亀裂骨折のほか、恥骨と坐骨の骨折が判明。骨折による骨全体のズレはギリギリ許容範囲で、手術はせず左下半身を安静にして様子見、とのこと。血管損傷による出血性ショックの危険があり、骨盤が広範囲に骨折しているので、安定せず徐々にズレが大きくなるリスクもありました。

入院が決まると、妻が家から荷物を持ってきてくれました。そして、炎症を抑えるアロママッサージをしてもらい人心地ついたところで、ふと妻の手を見るとなんとグリグリ棒が…。同じ官足法指導員である妻は「足揉みしよう!」と言ってくれました。私は骨折の痛みで官足法実践にまで思いは至らず、でもその一言に「ぜひ頼む」と。二人で「股関節だ、副甲状腺だ、脳下垂体だ、…」と言いながらグリグリ始めた初日でした。

 

1/6 リハビリ開始

理学療法士さんとリハビリ開始。まだ先の予定は立てられず「歩けるようになること(時期未定)」というホワ~っとした目標を立てました。

 

1/9 痛み止めが不要に

当初心配された出血性ショックはなく、痛みも急ピッチに引き始め3日目の朝からは痛み止めの薬も不要になりました。二回目のレントゲン撮影で、骨盤のズレも見られませんでした。

今考えるとこの時期は大事な時期で、直ぐに始めた足揉みの効果は大きかったと思います。受傷で痛む患部は、股関節等の反射区をグィっと押されるとビリっと痛むわけですが、痛みに痛みで対抗するというか、何か細胞が刺激され修復されるような不思議な感覚だったことを覚えています。回復への期待を体で感じることができた時期でした。

 

1/12 様々な姿勢をとれるようになり自分で足揉みが可能となる

 

1/19 車椅子に着座成功

 

1/22 車椅子で移動しトイレで用足しに成功

ベッド上である程度の姿勢が取れるようになり、自分で足を揉めるようになりました。メインは“これいいわ”を使用。直接手の届くところは官足棒Bを削った平棒とグリグリ棒で。一日3回、トータル5~6時間程。食事・睡眠・検査診察及び休憩(読書等)を除くとあとは筋トレか足揉みをしていました。

部位的には股関節・胸椎/腰椎・肩/肘/膝・肝・腎・副腎・副甲状腺と足の反射区を揉みまくったのですが、消化器系全般も結構大事でした。というのも、この時期の悩みはトイレです。寝たきりで自分で用足しが出来ないと肉体精神両面から便秘になる訳ですが、なかなか辛いものです。(もよおす度に看護師さんを呼んで姿勢を整えて準備して…、でも出ない、を繰り返すのはやはり気が滅入る)でも私は足揉みを徹底したせいか、お通じに関してはほぼ順調でした。長い入院生活にとって大事なことです。

この時期は、身体を動かすと姿勢によっては激痛が走るのですが、足もみの範囲を広げる、車いすに座る、トイレに行く等、目標に向けチャレンジを繰り返した時期で、チャレンジ、痛い、失敗を繰り返しながら、徐々に目標をクリアしていきます。自分でトイレに行くことが出来た時は本当に嬉しかったです。

 

1/31 松葉杖で片足歩行開始。

 

2/13 左足を地面に着ける。1/3荷重許可(=体重の1/3まで負荷OK)

 

2/15 退院。

<人に支えられ、そして官足法を信じる>

受傷後一ヵ月が経過し、手術不要がほぼ確定し、ひと安心。骨は通常3か月で修復するそうですが、受傷部位や範囲から判断が難しかったようで、ドクターはまだ回復見込みを示してくれません。そんな中、担当看護師さんや若い理学療法士さんの明るさに元気づけられ、ひたすら回復を信じリハビリと足揉みに精を出した時期です。官足法の威力を十分理解していたので、とにかく不思議なくらい足揉みに集中することができました。

 

2/15~3/31

定期的に通院&リハビリ指導を受けながら、自宅でリハビリの日々。

松葉杖を使いながら、ウォークマットも開始。G棒、握り棒等、家にあるアイテムを総動員して足をもむ。歩行練習、筋トレ、足揉みをセットで繰り返していました。

身体への負荷は1/2荷重、3/4荷重、全荷重 とステップアップし職場復帰に備えました。

<身体と会話し自分を信じる>

徐々に回復していたとはいえ、本当に歩けるようになるのか?という思いが頭をよぎります。絶対大丈夫、と誰も言わないし、わからない訳ですから。でも自分の身体は自分が一番よくわかる、人に安心させてもらうのではない、自分の身体と対話して自分の身体を信じるのはあくまで自分自身である、このことを再認識した時期でした。

(まさに官足法で学んでいたことで、自然とこうした考え方に至ることが出来ました)。さて、足の状態ですが入院中は寝た状態がほとんどの生活なので、足もみや筋トレをしていたとはいえ、足はすっかり変貌していました。足首から下は両足とも、筋肉が落ち非常に薄くなっていました。足裏先端部(反射区で言うと僧帽筋のあたり)は非常に硬くなりカチカチで反応も鈍い。脚部については、動かせない左足は痩せて固くなり、一方で右足は筋トレと足揉みをしっかりできたからか以前に近い状態でした。

さてどうなるか、とウォークマットを始めて3~4日、足裏先端部の硬さがみるみるうちに取れ、柔らかくなっていきました。更に歩行を始めると薄くなった足の甲が徐々に厚くなっていきます。同時に足裏全体の柔らかみが増して、手入れをしなかった畑の土に肥料をやり耕してフカフカになっていく、そんな感じでした。

この時期はウォークマットの効果を改めて実感、これを踏めるのと踏めないのでは大きな違いですね。松葉杖で負荷を調整しつつ踏みましたがそれでも効果十分でした。

 

4/1~6/17(現在)職場復帰

職場復帰を果たしました。GW明けまで車通勤&在宅勤務となり、今はほぼ毎日電車通勤となりましたが、無事通っています。

GW前後には10km歩行、里山登山、家庭菜園での農作業もやりました。

今後は以前続けていた地元のマラソン大会にもう一度出ることを目標に、トレーニングを続けたいと思います。

 

【最後に】部分ではなく全体を

患部だけではなく、身体全体を整えないとリハビリは続けられませんでした。患部をかばおうと右足や右の腰に負担がかかり、歩行訓練では杖を突く腕や手のひらが痛くなります。

“そこ”だけを見ない、“そこ”だけを治そうとしない、これも官足法の教えでした。

足を揉んで、血流が良くなって、各細胞が頑張って治ろうとしている。患部だけではなく、身体全体を整えないとリハビリは続けられない、身体と対話し続けた日々でした。

今、周囲の人に支えられここまで回復したことに感謝する日々です。

そして、官足法に出逢っていたおかげで、スムーズに本格的なリハビリに移行でき、ひたむきに回復を信じることが出来たと思っています。

 

最後にもう一度

“足揉みをしていて良かった、官足法に出逢っていて良かった。

生理痛が無くなり、バセドウ病も克服。 家族の脳梗塞も予後良好

                            官足法指導員 あつこ
私はバセドウ病と診断されて十数年投薬治療を継続しましたが完治せず、40代も半ば近くになり主治医から「妊娠のご希望が無くなりましたら、手術を…。」と勧められました。悩んだ結果、自分で治す方法がないかと探しました。

そんなとき官足法に出会いました。
ウォークマットⅡ(以下マット)に素足で乗った時の強烈な痛みと、数秒しか乗れない悔しさで泣きながら踏んだことは昨日のことのように思い出します。それでも朝晩20分はマットを踏むと決意し頑張ると、3日目に発熱し寝込みました。書籍で知った「好転反応」だと思い、身体は辛いにも拘らず、自分でバセドウ病を治せるかもしれないと心は元気でした。
マットを素足で普通に20分踏めるようになるまでには、尿が濃くなったり、多量の便が出たり、発疹等の好転反応も数々経験しました。最初に改善?効果?を実感したのが生理痛でした。毎回鎮痛剤が欠かせなかったのに、痛みがほとんど無く、少し痛くても反射区を揉むと痛みが緩和されるようになりました。
その後、バセドウ病の薬は少しずつ減らし、3か月で完全に止めました。半年後の検査では、投薬治療で得られる結果と同じく正常値を維持しており、現在は、年に1度の経過観察の為に通院をしています。
私が楽しく官足法を実践し元気になる姿を見た家族も官足法を始め、嬉しいことに少しずつその輪が広がりました。家族の勧めもあって指導員になりました。

指導員の活動も少し慣れてきた昨年、父が脳梗塞で倒れました。数年前から何度か軽度の脳梗塞を発症し、「次倒れたら命は無い」と主治医から通告され、日頃から注意していましたが、散歩中に再発し意識を失いました。幸いにも色んな方々のお陰で一命は取り止めました。母は、グリグリ棒をカバンに忍ばせ、毎日病院で父の足を揉み、加えて病院近くの指導員(人見奈々さん)に施術もお願いしました。その甲斐あって79歳の年齢と脳の画像からは信じられないくらいの回復をみせ、少し麻痺は残りましたが、現在は何とか母と二人暮らしができています。毎朝マットを踏むことが転倒予防に繋がっています。マットを踏まない日は転ぶと母は言っています。
【写真左:父の脳梗塞時の足親指】【写真右:現在の父の足(右親指は左脳の反射区)】

20日間の足もみで、乳がん検診の影が消えた

荒原文 東京都

3月、婦人科検診に行った。毎日の足もみとヨガを欠かさないので自信はあったが、乳がん検診だけは5年も受けていなかったので、そろそろと思っていたのだ。私は母や叔母が乳がんに罹患しているし、友人にも多いので気になっていたということもある。自分ががんになるとしたら乳がんだろう…。心のどこかでそう思っていた。婦人科検診だったので子宮もチェックするのであるが、子宮筋腫の数が増えていて、一つの筋腫は4cm以上に成長していると言われた。去年は2cm弱で手術では取れないサイズと言われたのに、今回は妊娠を考えているなら摘出した方がいいと勧められ軽いショックを受けた。と、同時に…足もみで唯一痛みがとれないかかとに手を当てて溜息をついた。

続く乳がん検診。マンモと触診は順調に終わったが、超音波で技師の手が止まり、女医がやってきて、小声で何か話している。その時は何も言われなかったが、会計して帰るはずが、相談室という所に呼ばれ、先生から右の脇の下に2cm大の影があり、すぐに精密検査をした方がいいと告げられた。「がんの可能性もある…」この言葉に誰もがお先真っ暗になるであろう。しかし私はもし自分ががんになったら徹底的に足もみをして治してみせると、普段からイメトレ(!)をしていた。だから落ち込むことも、迷うこともなく官事務所に連絡し、翌日足をチェックしてもらうアポを取った。所長はその日のチェックで「乳がんは大丈夫じゃないかな。でも子宮は問題あるね。子宮と乳房はつながっているから、子宮が問題で今回の結果になっている可能性があるよ」と言われた。この言葉に大きく頷いた。もしこのような知識がなかったら、私でさえ慌てて乳房を切っていたかもしれない。危険因子は何でも取り除こうというのが最近の医学の風潮だ。それでも問題の根源が子宮にあれば、がんは再発するのではないか。これが西洋医学。まさに木を見て森を見ず。

私は「根治」を目標に、その日から1日1時間足もみを真剣に行った。精密検査までは20日以上あった。「そこまでに影を消してみせる。人体実験だ!」約20日間、家族の心配は異常だったが私は黙々と仕事に励み、足もみを続けた。自分の足を見れば病気でないという自信が持てて落ち着いていられたのだ。そして検査当日。その日は「細胞検査」をする予定だった。そこで悪性と診断されれば一週間後には手術だと説明を受けていた。ところが…影がない!先生も看護師さんも慌てていた。私としては、縮小しているか、良性であれば優秀と思っていたのに、まさか完全消失とは!「こんなことってあるのですか?」私は医師に説明を求めたが「う~ん、乳腺細胞が何らかの変化を起こしたとしか言いようがありません…」と黙ってしまった。結局、細胞検査はできず、わずか1200円の診察料で帰された。

足もみの効果は病気を治す効果だけではない。目には見えない体の内側の様子を足から感じることができる。少なくとも私は足もみを続けてその力を得ている。病気と診断されても自分では違うと思えたこと。足を見てネガティブにならなかったこと。そういったすべてが、影を消すというミラクルにつながったのではないか。子宮の反射区もほとんど痛くない。子宮筋腫も消えているかもしれない。

官足法ニュース2014年5月号掲載分より(官足法ニュースは官事務所より毎月発行しています。)