アリガトウを心から…乳がんと全身の骨転移からの逆転!
Y.O. 49歳 神奈川県
■発症
街の賑わいの中、待ち合わせの場所に現れたのはキラキラした目が印象的な奥様Yさんとそのご主人です。Yさんはとてもお元気そうでステージ4と言われた方には見えません。乳がんの発症は2023年5月。「(病名を聞いて)ショックはショックだったけれど夫の周りにもいわゆる標準治療じゃなくてがんを克服した人たちがいたので、大丈夫だろう、と思いました。」以下、奥様とご主人のお話です。
■ウォークマットⅡは踏んでいました。
身体を酷使する仕事をしているので常に股関節の痛みがあり、官足法を以前からやっていました。ウォークマットⅡを風呂上りに踏み、歯磨きしながら踏み、ドライヤーをかけながら踏みとしていたので20分踏むくらいは楽勝でした。がんになって転移が始まっても足裏に反射区のある臓器には転移しなかったのはそのお蔭だと思います.
■波動治療で治ったかに見えたが再発…。
告知があってからすぐにお世話になっている医師に波動治療をしてもらい、やがて検査をしても悪性腫瘍が見つからなくなりました。安心していたところ、2025年2月から乳がんのしこりが大きくなっているような気がし、4月に検査。翌月悪性腫瘍との結果が出て乳がんの再発がわかりました。
■岡山至先生の指導を受ける。夫の渾身の足・脚もみで胸のしこりが小さく!
2025年3月には痛みが大きくなってきて、5月に岡山至先生の指導を受けました。それから毎日一時間くらい、官足法で今までやっていなかった足の側面や甲、ふくらはぎや太腿などももみ始めました。ウォークマットⅡを踏んでいただけの時とは違って自分でやると手加減してしまいます。それを夫が渾身の力でやってくれました。徐々にではありますが、足の甲に筋が浮き出て来て、それと同時に胸のしこりも小さくなって来ました。
■耐え難い痛みと余命宣告
6月から7月はじめ、私の身体は病気の耐え難い痛みに襲われて歩けず動けない状態でした。背骨、骨盤、胸骨などかなりの範囲でハチの巣状に正常細胞とがん細胞が置き換わった転移が見つかり、ステージ4の宣告を受け標準治療はしても無駄と言われました。大学病院でできるのはホルモンブロック治療と分子標的薬の二つだけということで、しっかりやってうまくいけば3ヶ月くらいで少し改善の傾向が見られるかもしれない、というもの。医師からは「とりあえず一年、がんばって5年。」との余命宣告がありました。
■徹底的な足もみと「アリガトウ」の言葉
夫はこの時のCTの検査結果をよく聞いて反射区図表と照らし合わせ、指とか側面とか目標を定めて徹底的にもんでくれました。私はと言えば岡山先生に言われた感謝の言葉をひたすらに言うことを愚直に実行。この拷問のような痛みを「ありがとう、ありがとう、ありがとう…」と言い続け泣きながら耐えました。7月末には分子標的薬も始めましたが既にその前に痛みは引き始めていました。
■仕事を休んで治療三昧
岡山先生から「一度仕事を休みなさい。」と言われて休むことにし、8月~9月には家族で海辺で過ごしました。一日5時間の砂浴、一日二回のビワの葉温灸、生姜湿布、そして一時間半の足もみという毎日です。砂浴以外は10月以降も続け身体を徹底的に温めました。
■がん細胞が7割がた消失!
11月には7月以来の精密検査がありました。結果は、マドレーヌくらいの鶏卵サイズだった乳がんは厚みが無くなってペラペラに。骨をハチの巣状のスカスカにするまでに正常細胞を乗っ取っていたがん細胞は正常細胞が内側から再生することで7割がた消失していました。ホルモンブロック注射は骨壊死の副作用の恐れがある薬で先延ばしにしていたので11月に一回打っただけ。うまくいけば3回くらいで骨のがん細胞の外側から増殖を止める傾向が見られるかな、と言われた治療です。私の場合は内側から骨細胞が再生していてほぼ全ての骨の一個一個が正常細胞の再生で埋まってきています。整形外科も乳腺外科も見たことの無いケースだそうです。分子標的薬も一日に必須と言われた量の8分の1しか飲まず週に何日かは飲んでいません。
■「アリガトウ」の力
岡山先生に教えてもらった「ありがとう」が大きかったと思います。仕事を休むまではあまりにも忙し過ぎて、好きな仕事にも仲のいい家族にも感謝が出来ていませんでした。休んでみて、周りの人たちにどれだけ支えられていたかがわかり、しみじみ有難かったです。それが潮目を変えたと思います。治ってくれますように、ということよりも、今この治療に出会わせて頂いた全てに感謝する、ということが大きかったと思います。もし「こんな痛いの…」とか思っていたら効果は半減していたでしょう。官足法は痛いけれど、感謝しながらやれば効果は何倍にもなると思います。
■乳がんの反射区のしこりが無くなる。
夫が7月のCTの結果と反射区図表を参考に患部の反射区の老廃物を潰し切るべくしっかり足をもみ始めて3ヶ月、木工彫刻のようなつもりでやって来て、右足の乳がんのあたりのしこりが取れた時は二人でオオッ!と感動しました。
■感謝の言葉は何より大きい
まだ途中ですし、一度付けられたステージ4という名称はまだ変わらないそうですけれど、岡山先生に「感謝ですよ。」と言われてから徐々に悲観的な気持ちが無くなっていきました。いっぺんに雲が晴れるような気持ちになるのは難しいと思うけれど、晴れていきます。
何をするにも「ありがとう」と言い続け、写経のように正の印をつけて、もう140万回以上になりました。感謝の言葉は何より大きな力だと感じています。