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官事務所の窓2

6月27日

 自分のことはよくわかっていなくても他人の事は結構わかる事がある。イギリスの国民投票でEU離脱が決まり、世界中に大きな影響を与えている。まさかの結果だったが、感情が人の行動を決めるということなのだろうか。自分たちの意思決定を自由にできるようになりたいというのは自然なことだと思う。みんなで足並み揃えて決めるというのは個人にとっては足枷をはめられているように不自由なことだし、一国の話ならなおさらだ。   移民が増えて自分たちの権利を脅かされるといった感情も、すぐには前向きに変えられないかもしれない。けれど、それらを超えてEUを作り上げた人々は二度の大戦で祖国を焼き尽くし、隣国同士が殺し合い、飢えてボロボロになる人間の愚かさを嫌というほど知ったから、多少不自由でも国と国の垣根を超えて手をつなぎ、互いの違いを乗り越えて共に繁栄する道を求めたのではなかったか。  スウェーデンのロイ・アンダーソン監督の「サヨナラ人類」という映画がある。懲りない人間の愚かさを皮肉と愛おしさを込めて描き、可笑しいけれど重すぎて笑えない。  理想はあくまで理想で現実ではないということか。現実の中で私たちはどこへ向かっていくのだろう。イギリスの選択が結果として良いことなのかそうでないのか、私にはわからない。けれど、「イマジン」を産んだビートルズの国で、繋いだ手を振りほどく選択がされたことは人類の一人として、重く受け止めたいと思うのだ。


4月18日

 熊本、大分など九州広域で甚大な被害が出たこの度の地震で被災された皆様にお見舞い申し上げます。体一つ残して被災された方のお気持ちを思うと悄然と言葉もありません。  思えばこの国は火山の国、地球の皺が創り上げた土地を借りて自然の恵みをいただいて生きてきたご先祖様たちは多くの災害で命を落とし、それでも自然に対する畏敬の念を子供たちに伝えてきました。自然の脅威を目の当たりにする時感じる無力感、体の芯から力が抜けていくような寄る辺なさは、大昔から人々が時に感じて来たものなのでしょう。  自分の無力を感じながらも阪神大震災や3・11で学んだこと、足りなかったことが今度は活かされますようにと、願って止みません。  避難所や車中など狭い場所での生活で足に感覚が無くなったり、全身の血流が悪くなることを避けることは意外と簡単で、自分でも、或いは家族にしてあげることも出来ます。ご自分の手で腕や足を揉みましょう。また、小さい時に、寝そべる親御さんに頼まれて足を踏んだ思い出は無いですか?疲れたご家族の足を前側、後ろ側、両側面から、ゆっくりじんわり踏んで上げて下さい。  何も無くても出来ることはありますよ。


4月5日

 桜の季節がまた去ろうとしている。東京では晴れた日より曇りの日が多かったような気がするけれど、くもり空を背負った桜もまた重厚でいい。去年は青空に映えてひたすら美しかったさくら、、今年は日々の忙しさに紛れてゆっくり花見もしないままだ。それでも先日早朝に千鳥ヶ淵に出かけた。  水面に映るビル群に朝陽が射して街がようやく目覚めようとする時間、桜をカメラに納める。出勤前らしい背広姿の人達も、同じようにシャッターを切りながら何を想うのだろう。来年はこの桜をどんな想いで見上げるのだろう、と一年後を想像してみる。  この世に桜があると言うだけでどれだけ心が救われているだろう。西行は「なにとなく春になりぬと聞く日より心にかかるみ吉野の山」と詠んだが、梅が終わるか終らぬかのうちに蕾はどうかと気になり始める。雨を恨み、暖かすぎるのを心配し、そんなことをしている間にまたもう散っていく。まるで子の成長を見守り、巣立つのを見送るように、心を揺さぶる季節が過ぎてゆく。  4月ももう早や1週間が経とうとしている。新しい生活に一歩踏み出す人も、頑張り過ぎず、がんばりましょう。自分を信じ支えるために、楽しいこと、嬉しい事、美しいものをいっぱい心のカメラに納められますように!


3月28日

 小さな子どもが泣くのを見るのは親でなくても辛いものだ。転んで怪我をしたりしたら「痛いの、痛いの、飛んでけ〜!」と、泣き止むまで寄り添おうとする。長じて大人になっても、医療の場では患者の「○○が痛い」という訴えを聞けば痛みを無くすよう最善を尽くす。痛み止めもそのようにして処方される。  免疫学の世界的権威、安保徹先生の著書「医療が病いをつくる」(岩波書店)によると、痛みは悪くなっていた血流が回復する時に感じるものだそうだ。つまり、自律神経で言えば交感神経優位の緊張状態(血管が収縮して血流を抑える)の時はあまり感じないが、緊張がほぐれ副交感神経が優位(血管が拡張し血流が良くなる)となった時に感じる。夜、床に就いてから痛みで眠れないなどというのはその好例だろう。痛み止めは血流を抑え交感神経緊張を強いるものだったのだ。  ところで最近カナダで売られている日本の会社の湿布薬を目にする機会を得た。頼まれてそれと同じものを日本で買おうとしたが売られていない。血流を良くする成分の入ったその種の湿布薬より、すぐに効く血流を抑えるタイプのものが日本では売れるかららしい。  自律神経は自分の意思とは無関係な神の神経と言われる。その交感神経と副交感神経のバランスが取れていることが健康な状態である事は言うまでもない。交感神経緊張が続くことは、血流を悪くし、冷えやめまい、がんなどになりやすい体質に傾くことでもある。「毒にも薬にも…」という言葉が示すように、薬は使いようではないだろうか。安易に日常的に頼ることは避けたいものである。


3月7日

 先日受話器を取ると年配の女性から「おたくぶら下がり健康機ある?」との声。勿論ある訳がない。聞けばお友達と3人で「これからは健康だよね。」という話になり、ぶら下がり健康機でも買ってみんなで一緒にやろう、ということになったらしい。とりあえず電話番号案内にかけて健康器具の会社を問い合わせたらこちらを紹介されたという。広告も出していないのに、有り難いことである。  ご近所同士で、或いは友達同士で集ったり、コミュニティセンターでサークルを作るなどして官足法をやっている方もいるが、まだまだ数は少ない。自分ひとりではなかなか続かないという場合には一週間に一度、いや、一ヶ月に一度でも誰かと一緒におしゃべりしたり、互いに他人の痛がるのを笑い合いながら足もみする機会があるといい。そんな風に当たり前に、ラジオ体操のように親しまれたらいいなと思う。  格差がどんどん広がっていく社会だけれど、足の効能は誰にも平等で、足もみは誰でも自分で出来る。健康の不安と医療費が減るということは、希望は誰にでもあるということだ。続けていればいつでも足で身体の好不調を知り、対処が可能だ。そうなったら人生は違って見えてくるかもしれない。  件の電話の女性は近々訪ねて来られるとのこと、きっとお友達と賑やかに会話が弾むことだろう。


2月15日

 節分を過ぎれば旧暦の季節は春。今年の春節は2月8日だったから気温が上がって春めくのも不思議は無い。そんな中、7日(日)には官足法新年会が行われた。テレビ司会者の草野仁さんの講演があり、会場は大勢の官足法指導員と一般のお客様でごった返した。  12:00の開始から2時間半の講習で身体もポカポカ。今年は実技講習に参加者からも意見を募る参加型の講習会を行った。草野仁さんの講演はアナウンサーの苦労がわかるこぼれ話や失敗談が盛り沢山。笑って拝聴するうちに話題は黒柳徹子さんのことに。あの知性はどんなに忙しくても手を緩めないたゆまぬ努力と、未知の世界に挑戦する勇気と意志に裏打ちされているのだと初めて知った。演題の通り「いつもチャレンジ精神で」失敗を恐れず自分の人生を思うようにやってみることを草野さんは応援してくれたのだと思う。  夕刻からの懇親会も大いに盛り上がり、楽しかったと口々に言っていただいて散会となた。遠来の方、お忙しい中参加して下さった方、本当に有難うございました。また、心ならずもお断りした方々、お詫び申し上げます。


1月20日

 あまりの暖冬を心配していたら、18日は夜半雪になった。東京では交通が混乱し、朝の駅は人で埋め尽くされた。  それにしても吹き曝しのホームで凍えながら1時間以上もジッと自分の番が来るのを待つ人々、自分もその中の一人だけれど、そんなにしてまで何故行こうとする?隣の人の身体の震えが伝わって来る。ホームはまるで岸壁、雪の線路を前にして黒いコートの人の列はフンボルトペンギンのようである。  行くことになっているから行く。日本人って、真面目って、いい事なのか!?(笑)我が身に問うた出来事だった。  因みにこの日は3時間半かけて出勤。芯から冷えた体を、ウォークマットを1時間踏んで内から温めた。仕事はもちろん午後からである(-_-;)  東京は止んだが、多くの地域で大雪だ。雪下ろしや車の運転、歩行にもどうか気を付けて、暖かくして過ごされますよう!


2016年1月1日  明けましておめでとうございます。  昨年も多くの皆様に支えられ、年を越すことが出来ました。誠に有難うございました。 官足法は皆様のご支持によって大きな広がりを見、その名を知られるようになって来ております。早稲田大学で官足法講座が開催され、若い世代にその良さを実感していただけたことは大きな喜びでした。また事務所での体験施術では、今年も病と向き合う人々が自分の中に治癒の力を発見し、明るく前向きに克服して行かれる姿を目の当たりにしました。全国各地の講習会では会場を埋める皆さんの熱気に圧倒されました。  毎日、強く万遍なく足全体を揉むこと、グッズを使って力も時間も省けばそれが楽に実現でき、体が変わるのを実感できる。講習会場での熱気はそのことを練習を通して体感できたからでしょう。体の知識と揉む技術、少しのコツで効果は倍増しますから。  具合が悪かったら薬を飲めばいい、という“常識”の中で、痛いのは嫌だという当然の反発の中で、官足法が根を張り続けて来られたのは、それが私たちに本来備わった生命維持の仕掛けだからに他ならない、と思います。「揉めばいいんだ」とは官有謀先生の口癖、この中に全てがあるような気がします。  山ほどの問題も先ずは足から。  どうぞ皆様お一人お一人にとって幸せな一年でありますよう。

9月2日

 雨上がり、風に吹かれる雲の下、ガラスに絵具を流したような青空が覗いている。  今日は水曜日。体験施術に病院で甲状腺がんと診断されたというKさんが見えた。二か月待ちの体験施術に最近キャンセルが出て、折り良く入られた方だ。岡山至先生の施術に叫びながらも、二度目に同じところを押すともうさほど痛くなくなっている。  ちょうど遊びに来ていたのは春に子宮頸がんですぐに手術と言われたMさん。手術を断わり、体を温めることと足もみに賭けて今はほぼがんは消えている。病気になる前の自分を振り返り、この4か月でこれまでになく元気になったというMさんは、「がんになってよかった。」と言う。  真に願って行動すれば必要なものを引き寄せることが出来る、というのは本当だ。たまたま空いていた時間、たまたまの出会い。それらは必然で、Kさんが求め、引き寄せた、これからの恢復への大切なステップだったのだろう。 帰り際の涙、、Kさんに希望のバトンが渡された!


8月8日

 つい二、三年前まで、風通しだけは良い我が家ではひと夏に風が絶える夜が二度ほどあってようやく冷房をかけるという風だったけれど、そんなことが遥か昔のように思われるこの夏の暑さである。熱中症で搬送される人数も例年では考えられないほどだ。  人間の体温は芯の温度が37度だそうだから、具合が悪くなるのも当然だ。かといって冷房の効いた部屋で冷たいものを飲食してというのも身体の芯を冷やしてしまう。暑いからと首を冷やして不調が長引くこともある。  脳が体温を調節し、自律神経をコントロールしているのだから、適度に汗をかいて体温を下げる為にも脳への血流を確保するのは大事なことなのだ。首を冷やすことは首の血管を狭め温度を下げるが、脳への血流量を少なくすることにもなるので避けたい。これによって秋になっても冬になっても不調が続くという場合もあるのだから。  冷たいビールの有難味が身体に適度に染み渡るこの夏の暑さを奇貨として、足を揉んで乗り越えたいものだ。

7月3日

 早いもので5月末の指導員養成講座からもう1か月半が経とうとしています。3日間同じ釜の飯を食べた仲間たちもそれぞれの場所で自分の健康を回復し、指導する立場で課題に取り組んでいます。講座中に長年の股関節の痛みを感じなくなったという方は今も快調のようです。手術の後遺症に苦しんだこともいつか笑い話になるでしょう。
 6月末には初夏の札幌で官足法実技講習会が開かれました。官有謀先生の講演会から20年以上もの間実現しなかった札幌での講習会。官足法指導員で官事務所専任講師の岡山至氏による理論と実技の指導は待ちかねた官足法ファンの方々に楽しく官足法の神髄を伝え、「自分の身体を知り、健康を守るのは自分自身、と改めて納得しました。」との声が聞かれました。  いよいよ7月、今年の夏はどんな気候になるのでしょうか。大雨などの災害がありませんように、と祈るばかりです。

5月20日

 ついこの前まで三寒四温と言っていたのに暑いじゃないか、と思う私はこの頃他のことでも目を丸くしている。  文芸春秋5月号で「患者が知らない医療の真実」という特集が組まれ、順天堂大学の白澤卓二先生が早期発見早期治療の現代医療に疑問を投げかけ、病気を作る医療と喝破されたかと思えば、TBSの「駆け込みドクター」(4月18日放送分)では有明医療大学の川嶋朗教授が「足の例えば胃の反射区を押すと脳のその部分が反応する。押して気持ちよかったり、痛い時はどちらも身体からのサインで押して!!と言っている。」と断言されている。  「胃が悪いのになんで足を揉むんだ?」と親に嗤われたのは20数年前…。世の中変わるんですね。地道にコツコツ、これからも必要として下さる全ての方にこの方法が遍く届きますように、志を同じくする大勢の仲間たちと共に歩んでいきたいと思います。


5月1日

 例年のように他人事の如く帰省ラッシュのニュースを観る連休になりました。万葉集には「が頭かき撫でくあれて いひしけとばぜ 忘れかねつる」(父や母が、私の頭を撫でさすりながら、幸いであれ、と言った言葉が忘れられない)という東国の防人の歌があるそうです。この歌を詠んだ人は懐かしい故郷に帰れなくても、両親を想って心を奮い立たせていたのでしょうか。
 家族は一緒にいてもいなくてもきっと強く繋がっているのでしょうね。でもそれを力にするにはお互いに交わす言葉が温かいものでありたいと、反省を込めて思うのです。



4月15日

 春の冷たい雨が続いて桜もすっかり散り、やがてハナミズキ、ツツジ、と道端を飾る花々も装いを変えてゆく。  昔の人はそんな四季の気候に合わせて生活することを養生の基本にしていたようだ。中国古代の医学書、黄帝内経には春夏秋冬の暮らし方が出て来る。  春は古い命が新しい命を生み出し育む季節、その春のエネルギーにふさわしいのは早起き、散歩など。そして与える事や褒めることを心掛け、奪ったり罰したりしないようにしなさい、とある。そうでなければ肝臓の機能が低下し、夏に却って冷えによる病気になりやすい、とのこと。  心は身体の風上と言うけれど、春の命を大切に育てることは育てる側にとっても自然の理に適ったことらしい。人間も自然の一部ということは、古代の人にとって当り前のことだったのだ。

4月3日

今年の桜はひときわ心に沁みた。散りゆく花に、人生を盛りで散った人を重ねたから。ご本人の無念も、残された者の悲しみも、如何ばかり…。ただ、満開の桜の下で逝き、散り初めの桜に送られたその人の、神に愛されし人生を想うばかりだ。

3月2日

 歳を取って出先でトイレが間に合わなかったりすると、とても落ち込むものだ。無理もない。まだまだ若い若いと自分を励ましながら日々生きているのに、当り前に出来たことが出来なかった、と思うと何とも情けないような、悔しいような、寂しいような気持ちになるのは当然だ。  時はいつまでも同じにいさせてはくれないけれど、先日読んだ本で心を打たれたことがある。「生命とは波打ち際に立つ砂の城のようなもの。城の外観はまったく変わらないがそれを構成する砂は常に入れ替わっている。」(福岡伸一著「生物と無生物の間」)と。  生きている限り細胞は新陳代謝を繰り返し、日々新しくなっているのだ。「もう歳だから」とか「昔はこうじゃなかった」とかこだわるのはやめて、新しい一日を新しい自分で迎えてみよう。

2月19日

 旧正月の今日、東京では春が始まる日にふさわしい暖かい一日となりました。花粉も飛び始めたようです。疲れを溜めたり冷えたりしないように気をつけて、この時期を乗り切りたいものです。足もみで長年の花粉症とサヨナラもできます。今年こそ楽しくお花見ができるといいですね。  今日から始まる一年に新月と満月の日、合わせて24の季節の区切りを迎えます。種を撒く日や暑さにあえぐ日、24節季は様々な季節の営みが書き出されたカレンダーのようです。         人の身体も自然の一部。先人の知恵と我が身の声に耳を傾けて過ごす余裕を持ちたいものです。

1月30日

 一月は官足法新年会が開かれました。各地からの指導員と一般参加の方々が実技、講演、懇親会を楽しまれ、熱気に溢れた会となりました。実技は四つの部門に分かれて棒やグッズに習熟した講師の指導を受け、講演では早稲田大学教授の鈴木秀次先生から運動と筋肉の話を、医師の文隆雄先生からは「死」とどう向き合うかについての話をお聴きしました。 懇親会は新旧指導員の交流の場にもなり、一般参加の方々にとっても参考になる話がいろいろ聞けたようです。  今年も様々な希望や抱負を胸に、2月から官足法の新年度が始まります。


10月10日

 先日の一日一食を、おやつ有り、緩めでトライして過ごしてみたという人曰く。「個人的な感想だが、なかなか良い。身体が軽くなり、胃の調子がいい。毎日の足もみで足をよぉく見るが足裏にある胃と膵臓の反射区は硬かったのがだいぶフニャフニャになり、強くもんでも痛くない。」と。 身体の内部の変化を、足は目に見える形で教えてくれる。やはり日々食べ過ぎているらしい。続けられれば食糧危機も怖くない、かもしれない習慣。たまには喰う寝る楽しみもしつつ、気楽にやってみるのも一手だ。 後日談だが、ストレスでおやつが多くなった後は反射区の硬さも逆戻り。足もみで体調を挽回すべく頑張っているそうだ。


2014.9.24

 食欲の秋がやって来た!芋栗南京と言えば女性の好物。秋刀魚に酢橘をキュッと絞って白いご飯をかき込むのも堪えられない。 でもこの秋、官足法仲間の間で一日一食が流行っている!?と言っても若干2名だが、我が官事務所講師の岡山至先生によれば、なんでも『がんは治る、がんは治せる』(安保徹・船瀬俊介・奇歙著 花伝社刊)の中で自然治癒力アップの秘策として触れられているとか。  何だか身が持たない気もするが、食べ過ぎがストレスと並ぶ病気の原因とも言う。考えてみればお腹も空かないまま次の食事、おやつにおつまみと無意識のうちに身体に入れてひっきりなしに消化させ、エネルギーも作れば老廃物も作り出し、内臓を疲弊させているのはまごうかたなきその屋の主。つまり自分なのだ。  100年前の人力車夫は一日に玄米と沢庵数切れで50km走り、3週間走り通せたというから、本当は余計なものを入れない方が効率良く身体は働けるのだろう。すっきりした部屋、すっきりした机の上が効率が良いのと同じに。(自分で書いておいて耳が痛い…)

8月18日

 風が心なしか涼やかになり、うろこ雲が空に浮かぶ。夏もそろそろ終わりだ。蝉が仰向けになってアリに運ばれていくのを見た。『大往生したけりゃ医療と関るな』(幻冬舎)の中で著者の中村仁一さんが、死に際にはエンドルフィンという快楽物質が出るのでそんなに苦しくないのではないか、という説を書いておられたのを、ふと思い出す。もし本当にそうなら、蝉もそうだといい。 この夏も各地で水害があった。震災の傷跡もなかなか癒えない。戦禍や伝染病、海の向こうにも多くの嘆き。それでも、生きている時間は泣いても笑っても過ぎてゆく。地上を月は遍く照らしてまわって行く。 地球に近くなった時の満月をスーパームーンと言うそうだ。明るく輝いて見えるという。8月見そびれた人には9月9日もある。晴れることを祈ってお月見でもしよう。

7月18日

 忙しさにかまけて水やりを忘れたベランダのプチトマトが葉を茶色に枯らせて、実は赤々と命の限りを受け取っている。諦めつつ水やりを再開したら茎が青々と色を戻し、緑の葉が出始めた。 この暑さの中、官事務所の体験施術は相変わらず好評だ。今週は20数年前に官足法に出会い、コツコツ自分で足を揉んできたと言う男性が見えた。その方曰く。その昔、官先生に出会った官足法講習会、具合が悪いと言ったら「若造が何を言っておる。揉めばいいのだ。」と先生。自分で揉むしかないと納得し、本を見ながら細々と自分で揉み始めたところ、腰痛、肩凝り、頭痛、目の痛み、風邪などちょっとした不調がすぐ治るようになった。でも他人に勧めたら気が変だとかバカなことを言っていると言われて、それ以来誰にも言わずに一人で足をもんでいる。この20数年、薬も本当に要らないし、元気でいられる。大抵のことは自分で治せるけれど一度ちゃんと専門家にやってもらおうと思って来た、と。指導が終わり「もう来なくていいですよ。」と太鼓判を押す担当の岡山至指導員に「目からウロコのことが沢山あったからまた来たい。」と仰る。 元気になっていこうとする命の力を自分で引き出すのが官足法の良いところ。自分を信じて実践すれば、身体は応えてくれるのだ。

6月6日

 暑かった5月も過ぎて全国的に梅雨入りしたとか。作物を実らせる恵みの雨、穏やかに季節が巡ってほしいものです。 5月30日から3日間行われた官足法指導員養成講座も定員を上回る参加者に、やむを得ずお断りした方も出るほどの盛況でした。講座では二日目から最終日にかけて殆どの方がご自分の体調が変わるのを感じられたようです。捻挫の腫れが引き、腱鞘炎の痛みが無くなるなどの変化もありました。医師、看護師、相談員などの医療関係者が多かったのも今回の特徴です。官足法をしっかり身につけて今後に生かしてもらえることを期待しています。 先日朝日新聞に在宅医療に取り組む医師・太田秀樹さんのお話が掲載されていました。「治せないものは治せないと患者や家族らが受け入れるべき。高齢化が進むと医療が逆に状況を複雑にすることも多い。骨折で入院して認知症や寝たきりになったり、肺炎で入院して胃ろうを作られ口から食べられなくなったり…。最期をどう迎えたいのか私達一人一人が考えるべき。」と。同感です。 少し考え方を変えれば、天寿を支えその人が最期まで自分らしくあるように、私たちにできることはまだまだ沢山あるのではないでしょうか。一人一人の経験は社会全体を変え、自分自身の終末も明るく照らすものになるかもしれません。

5月7日

風薫る5月、暖かな陽気に誘われて行楽に出かけたいと思うものの、人混みに二の足を踏んでしまう。そこで近場で手を打って、東京国立科学博物館で開催されている医は仁術展に行ってきた。詳細な薬草の記述や刑死者腑分け、つまり解剖の克明な図、蘭学の辞書など江戸時代の医師たちの真摯な探求心が豊富な資料で眼前に蘇る。「ターヘルアナトミア」を訳して「解体新書」を著したことで有名な杉田玄白はその中に間違いが多いのを気にして後年弟子に修正を命じたのだとか。その玄白が69歳の時、子孫の為に書き残したという「養生七不可」が展示されていた。 1.後悔しない。2.先のことを思い煩わない。3.暴飲暴食をしない。4.得体の知れないものを食べない。5.みだりに薬を飲まない。6.房事を過さない。7.身体を動かし楽をしない。 これ、現代を生きる我々にもそのまま通じると思いませんか。

4月22日

 韓国の客船が大勢の子供達を載せて沈没した事故は、現代科学の残酷な一面を見せつけられるようだ。頑丈に作られているだけに外からなかなか入ることのできない船体。目の前にいるのに助けてあげられず閉じ込められた子供とメールや電話でやりとりする家族の気持ちはどんなだろう。 人災の面を思ってもいたたまれない。船内放送で待機して救助を待てと言われたら普通その通りにしてしまう。おかしいと思った人は生き延び、素直に従った人は閉じ込められた。ただなんとなくそう言われているから、とか、人にこう言われたから、とかそんなことで大切な自分の岐路を決定することが私達にはある。自分の身体にしてもそうだ。人任せにして、おかしいと感じても従って、結果大切な健康を守れなくても後悔しないと言えるだろうか。心の声に耳を澄ませ、胸のざわつきを素直に感じて、選択をしよう。 身体で言えば“奇跡”はよく起こる。船に残された人たちの上にも奇跡が起こることを今は祈りたい。

2014.4.9

 春の暖かさによってでなく、桜は冬の寒さによって目覚めるのだそうだ。そのせいか大雪を経た今年の桜は例年に増して見応えがあった気がする。夏の青葉も秋の紅葉もいいが、春になってまた初めてのような新鮮さで桜に出逢う。この一年を労ってくれているような桜の下で、今はもう会えない大切な人々の、胸に仕舞った思い出に寄り添う。 新しい出会いも桜の下で。不安と緊張のスタートを見守って、幸あれと無言で包んでくれているようだ。 そんな桜も花の見ごろを過ぎて葉をつけた。娘盛りから母親になるように、花びらを落とし、次代を育む。 …来年はどんな気持ちで逢うのだろう。一日一日泣いたり笑ったりして君に近づく。待ってろよ桜!

3月3日

 雪国のようだった東京の2月が過ぎて、もう雛祭り。雛祭りは元々中国で、邪気の入りやすい季節の変わり目の禊の儀式だったそうだ。日本ではヒト形をした紙などを身体につけて邪気を移し川などに流したところから人形を飾る今の雛祭りの風習に変わってきたらしい。 邪気が入りやすいとは、それだけ体調を崩しやすい季節ということなのだろう。風邪をひいたり、花粉症に悩まされたりではせっかくの春もなかなか楽しめない。 官足法で花粉症を改善した方は、しかし大勢いて、努力がわかりやすく成果になるので、悩んでおられる方にはぜひお試しいただきたいと思う。今年こそ花粉症にサヨナラするために。

2月19日

 各地で大雪の被害に耐える中、ソチでは選手が4年に一度の重圧に耐えて試合に臨んでいる。 フィギュアの羽生結弦など若い選手の活躍には目を瞠るが、大きな期待を背負いながら4位に終わった高梨沙羅選手の試合後の表情も心に残る。小さな身体に無念の結果を引き受けて涙を呑み込んでいた。強さも弱さも知って人は大きくなるのだろう。願わくば次は「感謝を表すため」などと言わず、自分の喜びのために飛んでほしい。あなたの喜びこそが多くの人を元気づける筈だ。未来へ!もう始まっている4年後への道、何があっても全ては喜びの為にあると思いたい。

1月30日

 昨日までさほど寒くもなく晴天が続きました。そんな中、先週末は東京・目黒にて官足法新年会が開かれ、体験や活動報告、実技などの勉強会、医師・松本光正先生の講演、イタリアンの懇親会と、会場いっぱいの参加者で大いに盛り上がりました。 官有謀先生の奥様もアメリカから駆け付け、元気な姿を見せてくれました。また新しい指導員の意欲的な活動も光ります。秋田県の指導員Iさんは「15分で健康貯金できますよ。」とウォークマット兇鯑Г鵑任發蕕い覆ら手作りの官足法紙芝居を上演するそうです。終わった頃には足が軽くなり暖かくなって気持ちがいい、何故痛いのかも納得!と言う訳です。長野県の指導員Yさんはクリニックで医師の処方によって官足法を行っていますが、認知症で何を食べたか言えなかった人がある日突然食事のメニューを全部言えたことを発表してくれました。 全国各地で一人一人の指導員の周りに笑顔の花が咲いている。その輪が確かな足取りでどこまでも広がっていきますように!

2014.1.14

成人式を迎えたみなさん、おめでとうございます。皆さんの夢や希望が叶いますように、お祈り申し上げます。 さて、昨秋の官足法指導員養成講座に参加された岡山県のK嬢が素敵な詩を紹介してくれました。 
 Work like you don’t need the money.
  Love like you’ve never been hurt.
 Dance like no-one’s watching.
 Sing like no-one’s listening. Live like it’s heaven on Earth.
お金など要らないかのように働きましょう。傷つけられたことなど無いかのように愛しましょう。誰も見ていないかのように踊りましょう。誰も聴いていないかのように歌いましょう。地上の天国であるかのように、生きましょう。 しっかりと前を向き、笑顔で自分の人生を生きてゆきたいものです。

1月6日

 今日はこれからの幸せの始まりの日。 あらためて、明けましておめでとうございます。雪の中でお正月を過ごされ今朝は雪かきで汗をかいた、という方がいるかと思えば、上着が無くても出かけられるという南国の方もいらっしゃる。日本は広いですね。 東京はと言えば快晴の西の彼方に富士山が白くくっきりと浮かび上っています。 元旦も快晴で、初日の出を高尾山から拝みました。ホタホタの真っ赤な頬っぺのような太陽が、上がり切って丸い姿を金色に変えるまで。帰路は朝もやに煙る山々と街並を見下ろして新春の気を胸深く収めました。 今はこれからの幸せの創造の時。感謝に代えて、皆様と共にそんな気持ちで歩みたいと思います。本年もどうぞよろしくお引き立て下さいますよう、お願い申し上げます。

2014年1月1日

 明けましておめでとうございます。
旧年中は官足法をご支持いただき、誠に有難うございました。皆様の励ましと支えによって「一人一人が自分の健康を自分で守れるように」という官有謀先生のスピリットが、四半世紀を超えてようやく人々の中に受け入れられるようになってきたことを実感しています。
 そして、官足法に興味を持って下さった方々がよくわからないまま途中で諦めてしまうことの無いように、官足法の正しい理論や効果的なやり方をお伝えしていく必要を強く感じています。
 百聞は一見に如かず。官足法は間口が広く、どなたでも、また真似事でもそれなりの効果がありますが、それ以上に奥も深く、効果的なやり方を覚えれば、どれほどの財産にしていただけることか…。
今年も官事務所は全国の官足法指導員をサポートし、皆様の健康のお手伝いをさせていただくとともに、「体験施術」や「もみもみ倶楽部」、それに各地での講習会で皆様とお会いできることを楽しみにしています。ぜひこの奥深さ、ご自分で体調が改善できる喜びを実感して下さい。


12月20日

今年もあと少しで過ぎてゆく。今年中にしなければならない仕事やら忘年会やらに追われているうちに…。
異常が枕詞になってしまった気候、荒れ狂う自然、遅々とした被災地の復興、放射能、庶民にはあまり実感のない「経済の回復」、、。そんな寄る辺ない世の中だからか、人間の本能に根差した大事な事、食の大切さが見直されている。一回毎の食事を大切に作って、美味しく食べる。家族がいて、会話があれば、なおいい。家族の健康を願う思いは、いつか届くだろう。
 一人が寝るのに、たたみ一畳、一度の食事も腹七分目が理想なら、幸せも欲張らなくてよさそうだ。赤ちゃんは生まれて来ただけで嬉しいのに「這えば立て、立てば歩めの親心」が高じて子供の重荷になることもある。成長すればやらねばならないことも多くなり、歳を重ねて気が付けばまるでサンタさんのように背中にどっさり重荷を背負い、、。
 けれど、本当に大切な人、大切なもの、大切な事って、そんなに多くはなさそうだ。年末、大掃除のついでに問い直してみるのもいいかもしれない。

11月26日

 11月は八戸での講習会があり、東京では第33回官足法指導員養成講座も開かれた。
八戸は官足法と縁の深い土地で、多くの指導員がいる。懐かしい面々と旧交を温められたことも良かったが、雨の中、講習会に来てくれた人々との新たな出会いも嬉しい。車いすで参加してくれた方、幼児の時からやっているという小学1年生、みなさん今日も自分でやってくれているだろうか。
 指導員養成講座はいつもながら本当に楽しい不思議な三日間になる。今回は特にそうだ。年齢も職業もまちまちな初対面の人たちが一緒に机を並べ、痛みをわかり合い、身体への理解を深め、足をもむことで自分の身体が変わってゆくことを実感する。他人と関り自分に向き合う、一種無心の時間になるのかもしれない。
(指導員養成講座を第31回とお知らせしましたが、原稿の誤りで、第33回でした。お詫びして訂正させていただきます。)


10月18日

 いくつかの台風が過ぎ、どうやら秋らしい気候になった。被害に遭われた方々はこの秋晴れをどんな思いで眺められるのだろう。一日も早く平穏な日常を取り戻してほしいと願うばかりだ。
 さて、講習会を幾度かやってきて、たくさんの嬉しい報告をいただいた。参加直後の感想としてこのページでご報告したものもあるが、帰ってからの声も嬉しい。ウォークマット兇叛嵋澄▲哀螢哀衙澄覆弔泙蟯餌法三種の神器!)を使って毎日1時間ほど取り組んだという声楽家の方は3日目にしてマットの痛さが和らぎ、ふくらはぎの筋の硬さが取れ、同時に歌声に迫力が増したそうだ。カラオケが趣味という方にも是非!
 これからが官足法を始めるのにいい季節だ。足をもんで身体を内側から温め、冷えを予防しよう。“冷え取り”で暖かいブーツを探している方にはヤコフォームのブーツがお勧めだ。足をもみ、暖かくして冬を乗り切り、花粉症の季節を迎え撃つという計画は如何だろう。


7月20日

 暑い日が続いて参りつつもがんばっているのは人間だけではないようで、我が家のベランダでは栄養不足のヘチマがうどん粉病になり、それでも残った葉で緑のカーテンを作ってくれている。次々と実をつけて楽しませてくれたプチトマトの葉は見る影もなく枯れ果てたが、骨ばった茎から健気に小さくも瑞々しい実を結ぼうとしている。
 人も動物も植物も、不老不死でない限りはいつか朽ちていかねばならない。「病気とは生命の属性」と言った人がいる。卓見である。できればお迎えが来るその日まで自分のことが自分でできればいいとは思うが、身体のことでも心の面でも、病気になってはじめてわかることは多い。時に自分が病に抗えず弱くなることも貴重な経験なのだろうと思う。
 私達にできることはただ、「幾つになっても生きているかぎり血液をきれいにし、血流を良くし、それによって自分で自分の身体を元気にしていける力を私たちは全員与えられているのだ」ということをお伝えすることだけ。「ラクではないかもしれないが、副作用はなく、自分の力に気づきはじめると楽しいものですよ、実感していただけましたか?」と。
 6月29日の神戸での官足法講習会及び官足法指導員のための集中セミナーは神戸市郊外という遠さにも拘らず愛知から四国、山口まで約40名の参加を得た。「自分でやっているのとは全然効果が違う、来てよかった」「喉の痛みが治った」「どんなに揉んでもできなかった正座ができるようになった」「五年間悩まされたお尻の痛みが無くなった」など、短時間ながら効果実感の声が何よりの土産となった。今後の予定としては8月24日に沖縄・那覇で、10月5日には福岡での講習会が決まっている。多くの出会いを楽しみにしている。



6月28日

去年の今頃はスカイツリーが話題の中心だった。今は富士山だ。日本人は高いのが好きなのか、とも思うが富士山は別格だ。あちこちにご当地富士があるように、みんな富士山が大好きなのだ。
 その富士山が世界遺産登録であらためて注目を浴びている。多くの人が訪れて賑わうのはいいが、自然を守れるのだろうか。ゴミの問題は深刻だ。いくら富士吉田市の人々がゴミ拾いをしても限界があるだろう。その予算もばかにならない。入山料でゴミ袋を配布し、下山した時にゴミを買い取るというのはどうだろう。多ければ高く、少なければ安く買い取る、但し入山時にゴミの持ち込みが無いように監視しないといけない。そんなことを夢想している。
 富士山フィーバーで富士山麓の木材がいいと注目されているそうだ。富士山麓の水もますます売れるのかも…。そんなことが続いたら富士山の自然環境はどうなってしまうのだろう。富士山はそんな人間の営みを知ってか知らずか、今日もそこに美しく在るのだけれど…。


5月17日

 春の指導員養成講座が終わった。今回も個性豊かなメンバーが集まって最後まで和気藹々と、ハードな山を一つ一つを乗り越えて帰って行かれた。ニュージーランド在住の方が参加されもした。官足法が海を越え、人種を越えてお役に立つなら官有謀先生もさぞ草葉の陰で喜ばれることだろう。「誠に国境なし。それが地球人として追求すべき崇高なる目標である。」と官先生は言われた。戦時中に日本人の軍医の情に助けられ、その恩返し、と台湾での成功を棒に振って日本に来、何も無いところからこの方法を広めたこの人ならではの言葉だ。病気になったら病院や薬に頼るのが世間一般の常識だが、その前に自分の健康を自分で守ることが誰にでもできるのだと、長年の研究でわかったことをわかりやすく、誰でもできるように伝えたのが先生の最大の功績だろう。その為にとにかく力強く万遍なく針の隙間もないように脚全体をもむことを強調した。その結果、本「足の汚れが万病の原因だった」(文化創作出版刊)を読んでそのとおりやっただけでも多くの人が結果を出し、口コミで本は売れ続け180万部に達している。理論や技術もさりながら官先生の想いを大事にしてくれることを願っている。

3月5日

 花粉症の季節がまた巡ってきた。今は他人事と思っている人も、ある日突然鼻水が出て目が痒い、なんてことに何時なるとも限らない。寝不足や身体を冷やすことは避けた方がいいようだ。なってしまった人は身体が敏感になっているので尚更である。コーヒーや甘いものを控えることもおススメだ。私の経験から言えば花粉症になっている間は身体が芯から冷えている感じがする。自分で足をもんで治ったが、今でも用心はしている。それにしても朝足をもむと身体が足先からあたたかくなり、いつのまにか目の痒みが無くなり、鼻水が止まっている。その状態が一日続く。毎朝やればこの季節を平然とやり過ごせるし、体質が変わっていく。花粉症改善に足もみほど劇的なものは無いと思う。ぜひ、お試しあれ。


2013年1月16日

 日曜日、関東に久しぶりの大雪が降った。成人式や仕事などで出かけた人は大変だっただろう。朝からの雨が大きな牡丹雪に変わり、しんしんと降り積もる様はまるで雪国のいつ止むとも知れない灰色の空が引っ越してきたようだった。 一つ年を越してまだ間もないからでもあるのか、静かにしかし確かな足取りで降り積もってゆく雪を見ていると、人生は短い、とそんな感慨に打たれる。若い時は自分のことで悩み、大人になれば生活や仕事で悩む。間違いもし、恥もかき、多くの人と出会い、助けられてきた。 今の時代を若者として生きる人たちに、これまで生きた無数のかつての若者は言うだろう。「大したことはない、そう悩むことはない」と。少し悩んだら前を向いて生きてみよう。そうするうちに成長し、そんな悩みは忘れてしまうかもしれない。悩みを自分以外の何かのせいにすることなく、自分を責めることもなく、その時を僥倖として生きる時間を豊かに積み上げたい。それを今になって思っている。いつかこの雪のように儚く終わる定めだからこそ。

2013年1月1日

新年明けましておめでとうございます。昨年は多くの出会いと励ましをいただいた一年でした。官足法指導員の皆様を始め、官足法を実践して下さる多くの方々に支えられてまた新しい年を恙なく迎えられたことを、心より感謝申し上げます。 今年はどんな年になるのでしょう。政権が交代し、この国はどのように変わっていくのでしょうか。ヨーロッパやアフリカ、中東やアジアの情勢も不安定です。先の見えないこの時代をどう生きていったらいいのでしょう。 年末のテレビで釜石の小学生の言葉が印象的でした。そうです。あの3.11で「釜石の奇跡」と語り継がれる、津波から大人たちの命も救った子供達です。「あれは釜石の子供たちが実際にやったことだから、奇跡というより実績だと思います。」と言うのです。その瞳に何があっても揺るがない自信を見ました。彼らに防災行動を教えた群馬大学の片田教授によると、大人は危機に瀕しても、これまでに無かったとか、そんなわけないとか何かと理由をつけて逃げたがらないものだそうです。また事が起きた後で、警報が遅かったとか、誰かのせいにしがちだ、と。耳の痛い話です。彼らはそれぞれ自分で判断して行動した結果、自分達だけでなく、多くの人の命を救った。このことはこの時代に生きる私達一人一人に大切なことを教えてくれているような気がします。多くの情報が溢れる中で自分の判断で情報を選び取り行動し、その行動に責任を持つ、つまり主体的に生きることこそが、自らを助け、受け容れ、人を助けることに繋がるのではないか、と。

2012年11月15日

 最近「世界一痛い足もみ」など、官足法の痛くて効く足もみが広く認知されはじめている。地域のイベントなどでも官足法で出店すると興味津々でテントの前に立ち止まる人が多く概ね盛況だが、「痛そう」と逡巡する人もまた多い。 そんな人たちの背中を押してくれる記事が、「壮快」12月号に出ている。大阪府三島郡の上田医院医師であり、牧師でもある上田昌司先生がガンの研究・治療に取り組んだ結果、官足法に出会い、これを医学的に研究・実践してきたという記事である。先生は「足の裏もみ」「足の裏の一点押し」と仰っているが、最初に足全体をもむと書かれている。念のため。「足の裏もみで治らない病気はないといってもよいほどです。しかも痛ければ痛いほど効果があるのです。」と言われる医学的根拠は主に三つ。 強い刺激によって「痛み物質」が出るが、その中でもサブスタンスPは血流を改善し、免疫力を増強、β-アミロイドを分解して認知症の予防、改善に役立つ。また、嚥下反射を正常にし、誤嚥性肺炎を予防する 強くもんで赤くなるとこれを一種の炎症として白血球が活性化し、インターロイキンやTNF-α(ガン壊死因子)などにより免疫力が向上する。 痛みという一種のストレスでコルチゾール(副腎皮質ホルモン)が分泌される。これは免疫疾患やアレルギー性疾患に作用するので喘息やアトピー性皮膚炎、花粉症などの改善が期待できる。プラシーボ効果を利用し、「こんなに痛いのだから絶対に効く!」と思いながら行うのがよい、とは同感である。疑いながら強くもむことは出来ないし、「絶対に良くなる」という意志が前向きに身体を導いてくれるのだ。

2012年11月10日

 短い秋が深まって、冬の足音もすぐそこだ。 先日、第31回指導員養成講座が終わった。定員の倍近い申込みがあり、お断りもしたが、いつもより多い人数での開催となった。 足もみは不思議だ。痛いの痒いのと言っているうちに二日目ともなるとみんなもう個性満開。素の自分で大いにのびのびと他人の足をもみ、自分ももまれている。 勉強だって大変だ。「こんなの覚えられない。」という受講生がいれば「せっかく来たのに残念だったね(笑:最終日にはテストがある)」というのも同じ受講生。年齢や経歴の垣根を越えて遠慮のない会話が飛び交う。 3日あれば、体調も変わる。排尿、排便が変わる。女性は血色が良くなり綺麗になって帰る人もいる。養成講座は初めの一歩だけれど、これからの精進が楽しみだ。

10月20日

暑かった長い日々が過ぎ、ようやく秋らしくなった。昨日は富士山が初冠雪。青い空にそびえる白い富士はやはり美しかった。時を得て変化は訪れる。季節が移り変わってゆくように、人も変わる。その思いのあるところに従って変わってゆくらしい。この官足法にもチャレンジし、変貌を遂げる多くの仲間がいる。つい最近まで会社員や主婦だった人たちが、様々な場所で様々な方々と出会い、頼りにされ、講師として活躍したりもする。そういう姿を見せていただくことは無上の喜びだ。今年ももうすぐ秋の官足法指導員養成講座が開催される。定員を大幅に超え、止むを得ずお断りした方々にはどうか来年春の養成講座にぜひチャレンジしていただければ、と思う。縁あって養成講座に来られる方々が、それぞれの時を得て大きく羽ばたかれることを願っている。

9月30日

 連続ドラマ「梅ちゃん先生」の最終回で聴いた「上を向いて歩こう」の大合唱。ちょっとドジだけれどいつも一生懸命相手のことを考えるヒロイン梅子の成長物語の最後は、“今まで私たちはいろんなことを乗り越えて来た。これからもいろんなことがあるだろうけど、みんなで助け合って、きっと乗り越えて行ける。”そんな日本人みんなに向けたメッセージにも聴こえた。 ヒロインの三兄妹、松子、竹夫、梅子は中国の文人画で好まれる題材、歳寒三友から採った名だというが、冬の季節を如何に過ごすかというのは命あるものの普遍的なテーマなのだろう。日本の近代でも柳宗悦の書に「かをるや梅が香 雪をえにし(縁)に」と書いたものがある。冬の寒さが厳しいほど梅は香り高く咲く、という意味だ。 新聞やテレビのニュースに溜息をつくことが多い昨今、せめて個人的には冬の時代に根を張って周りの人たちと手を携えて春を待ちたいと思う。

2012年9月19日 

 今年も彼岸花の咲き誇る季節になった。故郷では彼岸花は不吉な花だった。家に持って帰ると火事になると言われ、手折る者は誰もいなかった。伴侶が「仏壇に飾っていたよ」と言うのを聞いたのは最近のことだ。普段顔を突き合わせて暮らしているのに事この花については全く常識が食い違っていたわけだ。 そんな食い違いがもし国同士で起こり互いに相手を理解しようとしないまま怒りを募らせるとしたら、悲しいことだ。隣人がどうしても嫌なら引っ越しすることもあろうが、国はそうはいかない。相手を非難するのは簡単だが、それだけでは前に進めない。こじれきった観のある今の状況の打開策はあるのだろうか。 もし目の前に困っている人がいたら多くの人は自分のできる範囲でかもしれないけれど、その人を助けようとするだろう。見ず知らずの日本人のために命を投げ出して救おうとしてくれた韓国人の若者がいたことを私は今もよく思い出す。それに、日本が支払う筈だった終戦の賠償金をチャラにしてくれた中国の周恩来のことも。私たちの多くはそのことを知らず、中国の人たちは戦後長年に亘って日本が償いと恩返しの意味を込めて送ってきた莫大なODAのことを知らされていない。  戦後人々の大変な努力でようやく国交が回復した中国との40年の節目の年にあらためて思う。国も人も今という現在の選択で未来を創るのだ。好き嫌いや正しさではなく、未来にどういう時を持ちたいか、そこから離れてはいけないのだという気がする。

2012年9月9日

 9月になったが、じっとしていても汗が噴き出すような暑さは相変わらずで、年々厳しさが増してくるような気がする。人間の横暴に耐えかねた自然の悲鳴なのだろうか。我が家のグリーンカーテン、になる筈だった苦瓜もベランダの熱で早々と枯れてしまった。土のせいもあるのだろう。庭や畑に直植えの作物はこんな暑さでも逞しく育つ。大地の力は自然の恵みだ。 人間も自然の一部、自然の力が備わっているから、具合が悪くても生きている間は自己治癒力を発揮してなんとか元気になろうとする。身体の声を聴いて食べ物を食べ、休息し、労働し、人を思いやる言葉を話し、自然にも優しい、こんなことができたらたとえいっとき病を得ても元気で長生きできそうである。そんなことができたら苦労はしないという現代人には足もみもある。まだまだ捨てたものではない。

6月7日

 沖縄、南九州が梅雨入りし、この辺りも間近、とはいえ最近は突然の嵐に慣れっこになっていて傘を持ち歩くのも既に習慣。今更梅雨などなんでもない、と思ってしまうのだから慣れというのは凄い。

 嵐はお天道様のなさることだが、習慣は自分で作る力だ。5月末の官足法指導員養成講座にはすでに自分で足をもむことが習慣となり、これからは人の為に役立てたいと望む指導員の卵たちが集まった。自分でやっているとは言え、来てみたら目からウロコの連続だ。3日間どっぷり足もみに浸かって、見たこともない尿の変化に驚いたり、耳の激痛と腫れで食べ物を噛めなかった人が元気になったりして、本人も周りも身体の持つ力に驚き、それを引き出す足もみの力を目の当たりにする。指導員養成講座では天の計らいか偶然か毎回こういうことがあるから止められない。

 しかし自分を含め殆どの人間は忘れるようにできているし一度に多くを理解できるものでもない。身にしていくには忘れないうちに習慣にして繰り返しおさらいし、機会ある毎に勉強することが大切だ。もうこれでいいと思った時に成長は止まってしまうのだから。人に喜ばれる喜びを友とし、楽しみながら学び続ける姿勢があれば官足法は指導員養成講座に参加された一人一人の人生の大きな助けとなれることと思う。



510

 風の心地良い季節になった、と喜んでいたら、一転空が掻き曇り、竜巻だという。連休最後の日、我が家でも窓が割れんばかりの雨と雹だったから、災害はけして他人事ではないことを実感した。被害に遭われた皆様には一日も早い復興をお祈り申し上げる。

 天災ばかりではない。人災でも身近な事故が起こった。群馬県の関越自動車道で起こった高速バスの事故は、誰が巻き込まれてもおかしくない、起こるべくして起こった事故だった。一瞬の悪夢は被害者とその家族や関係者にとって日々の重い現実となってしまった。加害者にとっても。もう夜行バスを一人で運転させるような会社は出てこないことを祈るばかりだ。

 空はそんなことを知ってか知らずか、夜は月を明るく輝かせ、昼は何事も無かったかのように明るい陽射しを送ってくれたりする。この厳しくも優しい地球の上でたくさんの一つしかない生命が共に今日を生きている。



3月2日

 3月に入りました。まだまだ冷え込む日もありますが、陽射しに明るさと暖かさを感じるようになり、春は確実に近づいて来ているようです。そしてあの3月11日もやがてやって来ます。もう1年かという思いもあれば、まだ1年という思いもあります。被災地では復興に向けて歩み出しているようですが、まだまだ障害も多くお世辞にもスムーズとは言えません。がれきの処理一つとっても支援の輪が広がらず難渋しているのが実情です。原因は放射能に汚染されているかも知れないがれきは受け入れられないという、被災地以外の住民の声が強い事のようです。しかし東京都は各種の測定をした結果、問題ないとして受け入れました。危険なものを持ち込むのなら反対するのもわかりますが、そうではないとはっきりしているものは全国の自治体で積極的に受け入れるべきではないでしょうか。復興を加速させるために今こそ「絆」や「支え合い」の精神を思い出してほしいものです。(幹)

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